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●応永の外寇 おうえいのがいこう

アジア アジア AD1419 

 1419年(応永26)朝鮮が対馬に襲来した事件。朝鮮では己亥東征という。この前年対馬では,倭寇取締りに熱意のあった宗貞茂が没し,幼少の宗貞盛が後を嗣いだ。そのため倭寇の朝鮮侵入が一時激化した。一方朝鮮では世宗の治世に入ったとはいえ,実権はなお太宗の手中にあった。太宗は倭寇の根拠地対馬への遠征を決定した。これにより6月19日李従茂指揮の227隻,1万7,258人からなる船隊がコジェード(巨済島)から対馬にむかい,翌20日対馬浅茅湾の土寄崎に停泊。当初朝鮮軍は民家1,939戸,首級104をあげるなど戦果をあげた。しかし,同年26日に仁位郡に進攻したころから対馬の伏兵に反撃され,朝鮮軍は2,500余人の損害を出した。そして宗貞盛の撤兵要求をいれて7月3日巨済島に引き揚げた。倭寇衰退期におきた倭寇に対する打撃事件といえる。

〔参考文献〕中村栄孝『日鮮関係史の研究,上』1965,吉川弘文館

田中健夫『倭寇』1982,教育社