50音順    検 索

●追分節 おいわけぶし

アジア 日本 AD 

 「追分節」という曲名,広義には「追分節」系統すべてをさし,狭義には「江差追分」をさす。追分節は,岩手県を中心とする旧南部領の博労が歌っていた「夜曳き唄」が,中山道の「駄賃付け馬子唄」になった。それを長野県北佐久郡軽井沢町追分の追分宿の飯盛り女によって,三味線の伴奏つきの酒盛り唄に変えられた。追分節とは,三味線つきの「馬子唄」ということである。その追分節が,のちに瞽女・座頭・飯盛り女・旅人などによって諸国へひろめられていった。そして新潟市の花柳界入りしたものが,歩きながらの「投げ節」となり,これに三味線の伴奏がつきなおされて再流行した。それが北海道檜山郡江差町の花柳界へ持ち込まれると,今日の「江差追分」の“本唄”にと整えられていった。なお追分節の“追分”とは,追分宿という地名である。