●オイラート
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斡亦刺,瓦刺。モンゴル系遊牧民族。ロシア人はカルムィクと称する。12〜13世紀当時モンゴル高原西北部で狩猟・牧畜生活を行っていた。13世紀初めモンゴル帝国に服属した。元朝が明によってモンゴル高原に追われたころ,彼らは高原西部一帯にひろがっており,15世紀前半にトゴンが現れるとモンゴル(韃靼)を圧倒し,全モンゴルを支配し,その子エセンは1453年に自ら大元天聖大ハンを称し,オイラートの勢力は大いにふるったが,エセンの没後しだいに衰えた。このころオイラートは旧オイラートにかつてのバルグト・ナイマン・ケレイトなどの系統の諸族が加わり4オイラートと称されていたが,17世紀に入るとこのうちナイマン系とされるジュンガル部が強大となり,オイラートをまとめ,ガルダンは1676年にハンを称するにいたり,東トルキスタンを征服し,一時はハルハも制圧し,このジュンガル=ハン国の強盛は18世紀中葉までつづいた。同国は1757年に清に滅ぼされたが,このときオイラートは大虐殺を蒙り,天然痘の流行もあって,人口の激減を来した。ただ1628年にオイラートの内紛から西方ヴォルガ川に移っていたケレイト系とされるトルグートは難を免れ,その一部が1771年にイク地方に帰還した。