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●オアシス都市国家 オアシスとしこっか

アジア アジア AD 

 古代中央アジア・西アジアの砂漠地帯で,オアシスによる小国家を形成した国々の総称。オアシスとは砂漠に水を引いてきて,人が住めるようにした地域のことをいう。

【内陸アジアとオアシス】中央アジアと西アジアの乾燥地帯を総称して内陸アジアまたは乾燥アジアと呼ぶ。具体的には河川が尻無川となって海洋に出ない地域をさす。この内陸アジアは,東はアルタイ山脈から西はカスピ海まで,北はカザーフスタン草原から南はイラン・イラク・シリア・アフガニスタンまで,非常に広大な地域である。この内陸アジアのなかでも,最もティピカルなのが現在の新疆ウイグル自治区で,ここは大別してジュンガル草原とタリム盆地に分けられる。つまり北方のアルタイ山脈と天山山脈のあいだはジュンガル草原で,両山脈の山麓地帯には多くのオアシスがある。また天山山脈と南方の崑崙山脈とのあいだには,広大なタクラマカン砂漠(タリム盆地)があり,その周辺には多数のオアシスがある。たとえばトゥルファンカラシャール・クチャ・アクス・カシュガルチェルチェン・ホータン・ヤルカンドといったそれぞれ広大なオアシスがある。

 こうした情景はパミール高原以西の西トルキスタンにもみられる。この地方にはシル=ダリアとアム=ダリアのほか,いくつかの内陸河があり,その周辺に多くのオアシスが発達した。シル=ダリア沿いにはホーカンド・タシュケントがあり,またアム=ダリア沿いにはヒワ・テルメズ・バルフなど,さらにザラフシャン川沿いにブハラ・サマルカンド,ムルガブ川の下流にはメルヴがある。

【オアシスと灌漑施設】内陸アジアは広大な砂漠の連続である。砂漠には砂砂漠と岩礫砂漠があり,砂砂漠は塩砂漠と無塩砂漠に分かれる。このうち無塩の砂砂漠に水を導入すればオアシスを形成することができる。その意味ではオアシスは地理的存在であるが,それ以上に歴史的存在である。すなわち人間の努力がつづけられる限り,オアシスは拡大する。ただしこれも水源と砂漠の地質によって限界がある。

 オアシスの灌漑には次の三つの方法がある。[1]用水路灌漑:付近を流れる河川の水を用水路でオアシスまで運ぶ。内陸アジアの多くのオアシスはこの方法で灌漑している。[2]カレーズ灌漑:カレーズ(アラビア語でカナート,中国語で坎児井(カンアルチン)はまず周辺の高地にある地下水位の高い所で掘抜き井戸を掘り,そこからオアシスまで20〜30mおきに竪坑(たてあな)を掘り,これらの坑底をトンネルで結び,なだらかな傾斜でオアシスまで水を引いてくる地下水道である。オアシス付近で地上に出た水は,小水路で耕地や防風林・防砂林に配分される。[3]揚水灌漑:a.井戸/はねつるべ,車井戸,ペルシア式揚水機などで,砂漠中の井戸から水をくみ出す。b.河水の汲上げ/春夏に耕地面より河川の水位が低下したとき,河水から何らかの揚水施設で揚水する。いずれにせよオアシスは周辺に水源のある地域に形成されるが,用水路にしてもカレーズにしても,不断の補修が必要であり,まして耕地の拡大のためには用水路やカレーズの新設であった。つまり人間の不断の努力が必要で,いわば歴史的存在である。

【オアシス都市国家の成立】こうして形成されたオアシスでは,麦・キビ・豆類のほか,ブドウ・ウリ・西瓜・綿花・麻などが栽培され,その周辺では羊・山羊・ラクダ・馬・牛などが飼育された。ひとくちに農主牧副といわれるが,それぞれのオアシスの特性を生かして,農耕と牧畜が適宜組み合わされ,農牧併行型の農家が多い。考古学的調査により,イラン・トルクメン共和国地方には,前5000年に初期農耕集落が現れ,前4000年には城壁をもつ集落が発生した。さらに前2000年には城壁をもつ都市が現れ,灌漑施設もますます発達した。こうして前1000年紀には,東西トルキスタンの各地に城塞を中心とするオアシス都市国家が点々と成立した。いわゆるオアシス路は,こうしたオアシス都市国家を点綴する道であった。

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