●延暦寺焼打ち えんりゃくじやきうち
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延暦寺は比叡山にある天台宗総本山。785年(廷暦4),19歳の最澄は比叡山に入り,創建。天台宗を開宗した。最澄没後,寺塔は充実し,東塔・西塔・横川の三塔を中心に延暦寺3,000の坊舎を誇るほどになった。しかし,9世紀から16世紀のあいだ,争いも数多く,寺塔・坊舎も被災を繰り返した。とくに著しかったのは,1571年(元亀2),織田信長の延暦寺焼打ちだった。信長は足利義昭を第15代将軍にたて,傀儡にしたことから義昭との暗闘が始まり,信長打倒の大包囲戦が仕組まれた。参加したのが浅井長政・朝倉義景,石山本願寺・近江延暦寺など。この挟撃を切り抜け,その翌1573年(天正1)比叡山を攻め,全山に放火,根本中堂ほか東塔などを焼き払い,僧俗千数百名を斬殺した。信長の仏法にそむく赤鬼といった悪評は,この事件を機にしている。しかし,江戸時代の新井白石は,長く僧徒の横暴を取り除いた点で天下一と評している。