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●延年 えんねん

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 寺院や貴族の遊宴で行われる芸能。延年は遐齢延年の語にもとづくもの。文献上の初見は1018年(寛仁2)である。法会などで余興的に行う僧徒たちの各種の芸能を延年という。当時の延年の内容は不明である。しかし鎌倉時代に入ると遊僧たちおよび稚児によって各種の芸が行なわれた。その内容は風流・開口・当弁・連事などとなっている。これらは雅楽および散楽の伝統にもとづく。風流は平安時代においても寺院の祭礼に華麗ないでたちで拍子物(はやしもの)があった。それを鎌倉時代の僧徒たちが取り入れたらしく,そのなかに白拍子・乱拍子があり,大風流・小風流の区別も生じている。風流の曲名は1247年(宝治1)所演の崑崙修業者が文献上の初見である。このような型で出揃ったものを独自の芸能に育て遊僧と呼ばれる専門の芸能僧が生じた。1352年(観応3)周防国仁平寺で行われた延年には倶舎舞・大衆舞・朗詠・若音・開口・答弁・連事・風流・狂言などがみられ,固定する。延年開口をみると猿楽めいたところもある。当弁(答弁)のごときものは当意即妙の地口,洒落を中心とするもの,連事は対話と歌謡の交錯したもので,舞は加わらない。延年の芸のうち劇的筋をもっているものが,猿楽能となっていったといってよい。近世になると,中世のほとんどがすたれ,延年は田楽の能の形成に影響を及ぼした平泉毛越寺,日光輪王寺をはじめ,形成期の能をしのばせるものがわずかに残って上演されるのみとなっている。