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●円仁 えんにん

アジア 日本 AD794 平安時代

 794〜864(延暦13〜貞観6)平安前期の天台宗僧侶,延暦寺第3代座主。俗姓は壬生氏。下野国(栃木県)に生まれ,15歳で比叡山に登り最澄に師事し23歳で受戒した。籠山後,法隆寺・四天王寺などで開講したが,40歳をすぎて身体不調のため再び叡山に戻った。平癒ののち入唐の勅を奉じ,838年(承和5)45歳にして常暁・円行らとともに入唐し,諸師について顕密の教法と梵語を学んだ。839年の帰国船は漂着して帰国できなかったが,滞留中に念願の天台山五台山の参詣を果たした。長安で修業中,845年(会昌5)の追放令により847年(大中1)帰国した。854年(斉衡1)勅により座主に任じ,864年(貞観6)76歳で没した。866年慈覚大師の諡号を得た。念仏三昧を行う常行三昧堂と文殊菩薩をまつる文殊楼の建立は,五台山の風を移したものであった。最澄の密教が金胎両部の大法であったのに対して,蘇悉地の大法を加えた。

〔参考文献〕E.ライシャワー『世界史上の円仁』源書房

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