●エンシ
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シュメール都市国家時代(前2500〜前2350ごろ)の都市の主権者。楔形文字でPA-TE-SIと書かれるため従来はそのままパテシ(patesi)と読まれた。アッカド語のエンシに対する名称イッシャック(issakku)はシュメール語エンシensi(-k)からの借用語である。エンシは語源的には“角(si)”“の(-k)”“主(en)”と理解され,シュメールの最初の支配者エン(en)の性格を継承するものと考えられる。エンシは都市国家の最高神官であると同時に政治経済担当の最高責任者でもあった。しかし対外的な戦争指導者または覇者の意味ではルガル(LuGal)“王”という称号がとられた。この称号は表語文字として以後古代オリエント全域で使用される。エンシはしばしば神々への犠牲を捧げているが,神官としての職能についてはよく知られていない。ウルカギナの改革碑文によれば,エンシはその都市の主神の,王妃およびその子はそれぞれ配偶神および主神の王子王女の代理人であった。官僚組織による集権的専制王国であるウル第3王朝時代(前2060〜前1950ごろ)にはエンシは地方長官の,ハンムラビ時代には小作人の意となった。