●遠距離商業 えんきょりしょうぎょう
ヨーロッパ アイルランド AD
古代帝国下の商業の崩壊から近代世界貿易の登場までのあいだ,たがいに広い空間と文化的差異を越えて行われた中世的国際通商。中世は自給自足的自然経済の閉鎖的農業社会であったとして商業は例外的要素とみられてきた。しかしのちに世界の覇者として諸大陸に進出するヨーロッパの歴史を考える場合,中世商業の果たした役割はけっして小さくない。遠距離商業はおもに,西ローマ帝国崩壊後東地中海ではギリシア人に,7世紀以後西地中海ではアラブ人に,9世紀以後バルト海・北海・大河川沿岸ではノルマン人によって担われ,カトリック=ヨーロッパは内陸部に押し込められていた。この最小のヨーロッパからの脱出は,農業の生産余剰を取り引きする局地市場や地域間商業の発展を踏まえながら,10世紀以後,イタリア人やドイツ人などが東方人(ユダヤ人・ギリシア人・アラブ人)やノルマン人から商業を解放していく過程で実現された。なかでも地中海商業に携わったヴェネツィア・ピサ・ジェノヴァの海洋都市だけでなく,シェーナやフィレンツェなどの内陸都市も大発展をとげ,“商人の,商人による,商人のための”完全独立した都市共和国を築いた。これは香料・絹・貴金属など海上輸送に有利な地理的条件,資本と労働を集中し利潤と危険を分散するコメンダやコンパニアなどの信用・銀行制度,複式簿記,造船などの取り引き技術の発展,あらゆる階層の商業の参加に負う。これに対し東方植民と西方をつなぐ木材・塩・魚・毛皮などの生活物資の取り引きから出発したドイツ人はハンザ同盟を結成して,ライン川・バルト海・北海の商業を特権化した。12〜14世紀この南北の商業圏を結ぶシャンパーニュの定期市が栄えたが,13世紀末ジェノヴァ人がジブラルタル海峡を回る航路を用いたのちに衰退した。当初アジアから織物などの加工品を買い,ヨーロッパから原料や奴隷を輸出していたが,中世後期徐々にこの関係が逆転し,遠距離商業は近代ヨーロッパの拡大のための一つの弾みとなった。