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●宴曲 えんきょく

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 中世歌謡の一つで遊宴の時に謡われたのでこの名がある。早歌と通称される。東国よりおこり,鎌倉時代中期ごろより流行しはじめたが,初期段階では催馬楽や今様など,公家社会で前代から謡われてきた歌謡の部分を断片的につなぎ合わせて作ることが多かった。しかしのち独自の歌章構成をもつようになり,叙事的なものへと発展していく。作者は鎌倉時代後期の明空(晩年,月江と称す)に代表され,彼によって多く創作・撰集された。まず1301年(正安3)までに『宴曲集』に50曲,『宴曲抄』に30曲,『真曲抄』10曲,『究百集』10曲の100曲を撰し,つづいて『拾菓集』20曲,『拾菓抄』11曲,『別紙追加曲』10曲,『玉林苑』20曲を創作・撰集した。この他の作者として金沢貞顕らの鎌倉幕府上層武士,藤原広範・四条隆賢らの東下公家衆らが知られる。室町時代にいたり将軍の式楽的なものとして演じられ,また郢律講などの寺院法会など限定された場で演じられるようになっていった。