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●エレクトロニクス

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 厳密にいうと,電子(エレクトロン Electron)のさまざまの特徴的なふるまいを駆使して,高度の技術によって知的な装置をつくり,役立てる,そのことに関連する学問,工学,工業すべてを意味する。しかし,この定義では実体がわかりにくいから,歴史的な展開によって説明する。

【歴史の流れ I】アメリカのぺンシルバニア大学の教授だったエッカートは,第二次世界大戦のさなかに,大砲の弾丸の弾道の計算を手伝い,ぼう大な数表づくりに協力した。ところが,アフリカ戦線で実際に大砲を撃ってみると,この計算結果がまったく役立たない。地面から大砲が受ける反作用の見積りが悪く,全部計算しなおす必要が生じた。エッカートは,現地を訪れ,200人もの人が手回しの計算機で連日計算をつづけるのをみて,これではとても時代の要求についていけぬことを悟り,帰国後,友人のモークリーとともに,真空管を使って,地上ではじめての,電子計算機エニアック1号をつくりあげた。1943年のことで,ここから,まず電子計算機の流れが始まる。

【歴史の流れ II】1935年,ベル電話研究所の部長ケリーは,マサチューセッツ工科大学で学位をとる勉強中のショックレーを,その能力を見込んでスカウトし,彼に「将来のアメリカ社会の求める,大規模な電話システムのために研究せよ」とさとした。ショックレーに強烈な夢を与えたその使命が「真空管とは異なり,もっと高い機能をもつ増幅装置をつくり出すこと」であった。ショックレーは,この日から,実に12年間に及ぶ悪戦苦闘を開始する。彼が試みる工夫は次々に失敗した。

 同じころ,ベル電話研究所にいたバーディーンは,1947年理論物理学者として,きわめてだいたんな仮説をつくって,それをヒントとして提供し,その仮説を実験によってたしかめようとしたブラッテンがついに,偶然,半導体結晶の上に立てた2本の金属針のあいだに「増幅現象」を発見する。1947年12月,クリスマス直前のことであった。ショックレーは,すぐに原理にさかのぼって考察して,今日使われているトランジスタの原型となるものを提案,これが,ほんとうのトランジスタの源流となった。この3人は,1953年,この業績によってノーベル物理学賞を授与された。

 このトランジスタ誕生こそ,今日のエレクトロニクスの広範な発展を可能にした唯一最大の要因である。

 真空管とトランジスタとのあいだには本質的な違いがある。トランジスタは,ゲルマニウム,シリコンなど,半導体と呼ばれる結晶のなかを走る電子を駆りたてて増幅作用をつくり出すので,真空管のようにフィラメントを必要としない。フィラメントは,真空管のなかに電子を追い出すためのもので,このために電力を消費する。この余分な電力が,トランジスタでは不必要なのだから,それだけ効率の高いデバイスということになる。エニアック1号のような,たくさんの真空管を寄せ集めた装置では,大きくなる上に電力をくい,熱を発生する。トランジスタなら,小さくできる上に,電力の消費も少ない。こうして,技術の「革新」が始まった。

【歴史の流れ III】トランジスタが生まれると,まもなく,日本のエレクトロニクスへの参入が始まった。今日の半導体に関する日米摩擦は,この時代から芽ばえたと考えてよい。1955年,欧米がまだトランジスタというものを軍用に使おうかと迷っている状態であったのに,日本では,初めてのトランジスタラジオが商品化された。いわゆる,コンシューマー用として,トランジスタを使いこなすことが,むしろ日本から精力的に始められた。まもなく,テレビにも,トランジスタが使われ,高性能小型のテレビなどがつくられた。

【歴史の流れ IV】1959年,アメリカで一つの試みが報告された。それは,小指の爪ほどの大きさのシリコンの結晶片(チップ)の上に,トランジスタなどの部品を,いくつも同時につくりつけて,その一つのチップが,増幅,発振などのこみ入った機能を完全に果たすことが示された。このころの仕事では,結晶にのる部品の数はせいぜい10個くらいのものであったが,実は,これこそが集積回路の誕生であって,今日のエレクトロニクスのひきおこした革新への2度目の引き金であった。集積回路は,このあと急速な進歩をつづける。

 1959年の誕生から,1枚のシリコン=チップの上につくりつけるトランジスタなどの部品の数は,等比級数的に増大する。今日では,数10万個のトランジスタが6〜8mm角の大きさのシリコン=チップの上に乗るようになった。

 こうなると,集積回路をつくる技術の特長がはっきりと現れて,高級な集積回路が開発されるにつれて,その値段が急速に安くなってくる。安くなれば,いたるところに使われるようになる。こうして,エレクトロニクス技術は,あらゆる分野に浸透し,どこでもその効果を現すようになる。こうして,社会全般がエレクトロニクスのインパクトを受ける時代に入った。これが1980年代である。

【エレクトロニクスのインパクト】身辺にある時計・カメラなど,なにをみても,最近のものはみな,集積回路を内蔵している。時計から歯車を追い出したのも,集積回路である。マイコンが,世間の注目を集めるようになった。これも,複雑な計算を高速で行う集積回路が安くなったから,子供にも扱える商品が,たくさんできてきたわけである。日常生活の中心に近いところでは,洗濯機・炊飯機・温度調節装置,そういったあらゆるものが,いくつかの集積回路を内蔵して混み入った機能を果たしている。もう少し大きいところでは,オフィスで使うワードプロセッサが,少しずつ確実に浸透している。

 先般発売されたコンパクト=ディスクは,これまでのオーディオ=システムにくらべて,段違いに高度なエレクトロニクス技術によってなりたっている。まず,音の信号を,「1」と「0」との組み合わせによる,ディジタル信号に変換し,それを,適当な「組み替え」をしてディスクに並べた穴の形で記録してある。これを半導体レーザーと呼ぶ新しい形の発光体からの光で読み出し,再び並び方をもとにもどして,スピーカーを鳴らすわけである。この一見平凡なオーディオシステムのなかに,今日の新しいエレクトロニクスの成果がいくつもたたみこまれている。私たちは,それによってすばらしい音楽の再現を楽しむわけである。 エレクトロニクスの,このような浸透はあらゆる分野に及んでいる。医学の世界では,内臓や,脳の内部の状態を立体的に観測できるような装置をもたらしたし,天文学に入ると,未知とされていた宇宙空間を眺める装置を可能にした。飛行機の運転をやさしくして,安全性を飛躍的に上げた。例をあげると際限がない。いかにエレクトロニクスが浸透してきたかを示す例は,新しい技術分野を示すことばにもみられる。鉄道技術のrailonics,原子核技術のnucleonics,航空技術のaironicsなど,みな,後にエレクトロニクスの“onics”がつけてある。このことがよく示している。

【これからのエレクトロニクス】とはいっても,エレクトロニクスの進歩は,今後なお続くと考えられ,また,そのとき解くべき重要な課題がいくつもある。たとえば,集積回路は,一つのチップの上に100万個以上のトランジスタを乗せ,さらにそれを増大させるには,なにか新しい工夫が必要になる。これは世界中で今研究している。また,コンピュータなどはまだ使いにくい。もっと楽に使えるようにしてほしい。このために,ことばで話しかけて働くコンピュータを工夫したい。これも課題の一つである。さらに,コンピュータそのものがもっと,しなやかな「考察」をすることが望ましい。もっと人間に近いコンピュータが,これからの研究の目標の一つである。

 エレクトロニクスは,知能的な機械を可能にする進歩をつづけながら,そもそも人間の脳の働きとはなにか,という謎を解くことにも貢献する。

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