●エムス電報事件 エムスでんぽうじけん
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普仏戦争をおこさせる直接原因になった事件。スペインでは1868年のクーデター(9月革命)でイサベル2世が退位して王位が空席になった。プロイセンのホーエンツォレルン家のレオポルドが、一時、王の候補にあがったが、ナポレオン3世の反対もあり、辞退して、事件は落着したかにみえた。1870年7月13日、エムスで静養中のプロイセン王ヴィルヘルム1世のもとに、ナポレオン3世からの電報が、ベネデティ大使を通じてとどけられた。ベルリンでこの報をうけたビスマルクは、電文に手をいれて、フランスがプロイセン王を脅迫しているかのようにして発表した。フランス・ドイツ両国民の世論は沸き、ビスマルクが意図した通り、フランスは7月15日に開戦を決定し、普仏戦争がフランス側から仕掛けた形で開始され、プロイセンはドイツ統一を、ドイツ国民の世論の支持を得て、国際的干渉を受けることなく完成した。
