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●エミール=ブルンナー

ヨーロッパ スイス連邦 AD1889 

 1889〜1966 スイスの神学者。バルトとならんで弁証法神学の運動に加わったことで知られる。1924年からチューリッヒ大学教授として活動する。英語圏の世界にも多くの友人をもち,弁証法神学の存在が英語圏に伝えられたのは,主としてブルンナーの貢献によるものである。著作として,『仲保者』(1927)・『戒めと秩序』(1932)・『自然と恩恵』(1934)・『出会いとしての真理』(1937)・『正義』(1943)・『教義学I〜III』(1946〜60)などがある。1949年(昭和24)初めて来日し,1953年にはチューリッヒ大学教授を辞任し,国際墓督教大学教授として再び来日し1955年まで滞在して,接する人々に感銘を与えたことは記憶されてよい。

 ブルンナー神学の基礎にあるのは,出会いの概念である。そこには,ブーバーの“我と汝”の哲学,キルケゴール実存哲学などが,背景として考えられるが,ブルンナーはそれらを一体化して,独自な神学を形成している。すなわち出会いは,「みる」あるいは「眺める」あり方から区別され,人格的なかかわりのなかにあるゆえに,“我とそれ”の関係から区別される。神学は啓示にもとづく,神と人との人格的出会いを,対話としてとらえるのである。ブルンナーは初めバルトと協同して弁証法神学の運動に加わったが,神学の方法に関してバルトと異なっていた。神のことばは人間と無関係ではなく,人間に向かって語りかけられる側面を重視するのがブルンナーである。そこからバルトとの“自然神学論争”(1934)がおこり,ブルンナーはさらに,教義学と並んで論争学を提唱し,また自己の神学を,“宣教的神学”を指向するものと考えるにいたったのである。ブルンナーの著書は,単に神学者のあいだにおいてだけでなく,広い範囲に読者をもっていた点に特色がある。教科書風の論述にも明快さが失われず,その文章がもつ力は今日も意味をもっている。1966年の死去に際して,この教師・宣教者・説教者をしのぶ声が期せずしてスイスにおこったのは,ゆえなしとしない。