●絵巻物 えまきもの
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巻子形式の日本絵画であるが,原則として物語・説話・伝記などストーリーのある内容を描いたものをさしていう。したがって,絵巻にはその内容を記述した詞書が並記される。「絵巻」ないし「絵巻物」という名称は近世に入ってから用いられたもので,古代・中世では「源氏絵」などと主題の下に「絵」ということばをつけて呼んだ。また主題の下に「絵詞」ということばをつけて「……絵詞」と呼ぶことが行われているが,これは絵巻の詞書をさしていうことばであり,絵を伴った「絵巻」と同意語ではない。【主題】絵巻物を主題によって分類すると次のとおりである。
[1]宗教関係−経典説話・神仏霊験・社寺縁起・高僧祖師伝
[2]文学関係−物語(日記・随筆を含む)・和歌・説話・軍記・御伽草子
[3]世相関係−風俗・諷刺・戯画
[4]記録関係−諸行事・祭礼・会合・遊覧・肖像・生産・技術
これらは人間生活に直接関係する主題で,単に風景や景観を巻物に描いたものは「絵巻」とは呼ばれておらず,「画巻」とか「図巻」と呼ばれている。
【構成】絵巻は一般的にみて,詞書と絵によって構成されるが,その結合配列の形式は多様である。巻子の縦を二分し,下に詞書を書写し,上にそれに対応する絵を配した「上図下文」式が,最古の遺品である奈良時代の『過去現在因果経絵巻』にみられる。しかし,この形式の作品は中国の原画にもとづいた作品に限られる。わが国の作品では,まず詞書を書写し,次にこれに対応する絵を描いて,詞書と絵を交互に配列した「前文後図」式の構成をもったものが大多数である。このほか,絵の上部に色紙形を区画してそこに詞書を記入する形式や,画面の余白部分に詞書を記入する「図中挿文」式もあり,また中世末期の御伽草子系の絵巻には,詞書中に絵を挿入する「文中挿図」式も行われた。さらに詞書を伴わないものもあるが,これには詞書に類するものが別に存在したことが推察されるものと,そうでないものがある。
【表現形式】物語なり伝記の内容を展開させる方法は,[1]一定の限られた場面を描いた図を詞書と交互に配列した「段落式」,[2]時々刻々に変化発展する光景を連続的に示す「流走式」,[3]行列や家並などを長大に描いてパノラマ的表現形式をとるものなどがある。このうち「流走式」では,同一人物なり建物など同じ対象が反復描写され,ときには同じ場面中に同一人物を数度示して時間経過を一瞬にとらえた「異時同図法」が行われている。「段落式」は情趣表現に適するので物語絵巻に用いられ,「流走式」は筋を追って展開する説話絵巻に多く用いられているが,両者を併用することも,当然行われている。また,表現形式として,[1]色彩におもきをおかれたもの,[2]描線におもきをおかれたもの,[3]両者を融合するもの,[4]墨だけで色彩をほとんど用いない白描絵,などがあり,時代を問わずにこれらは行われた。
【歴史】日本の絵巻物は中国の作品を模写することから始まった。奈良時代には絵入り経典の『過去現在因果経』が数種製作され,その一部は伝存する。画体は唐画様式である。わが国の創作になる作品は平安時代に入ってからで,907年(延喜7)以前に,生田川に身を投じた処女の哀話を描いた作品がつくられたことが『大和物語』にみえ,さらに,984年(永観2)の『三宝絵』は広く知られる。その後,11世紀には『源氏物語』によると,『竹取物語絵』『伊勢物語絵』など,当時の作り物語が多数,絵巻になっていることが推察される。この物語絵は絵と詞書をそれぞれしかるべき絵師と能筆が担当し,料紙には飾装が施され,装丁にも意匠をこらして作られているので,文学・絵画・書道・工芸をあわせた総合芸術の観が深い。そのありさまは現存する12世紀の作『源氏物語絵巻』と『寝覚物語絵巻』により,しのぶことができる。平安時代後期には当時流布した説話に対する関心の高まりによって,『信貴山縁起』『伴大納言絵巻』や『粉河寺縁起』さらに『鳥獣戯画』などが製作された。また浄土思想の興隆により,『地獄草紙』『餓鬼草紙』『病草紙』など六道絵巻がつくられた。いずれも現存遺品は12世紀後半の製作である。これらのうち,物語絵巻は,下描きの上に色彩を順次塗り重ね,最後に描き起しの仕上げの線を引いて完成した。これは当時「作り絵」と称される技法で,色彩美が発揮され,情趣豊かな画面を形成する。そして,多くは特定の一場面を描いた段落式で表現されている。これに対し,説話絵は最初に引かれた描線で図様は決定し,その的確で抑揚に富んだ描線が説話の語り手としての画面に活気を与える。そして,画面は次々に展開する流走式で表現されたものが多い。また,人物は貴族の顔が「引目鉤鼻」という一線の目と鉤型の鼻をもった類型的な面貌で表され,庶民と区別される。しかし,鎌倉時代になるとこの差別はなくなる。
鎌倉時代の絵巻は前代の伝統を受けつぐが,この時代とくに盛んにつくられた主題は,当時の仏教界を反映して社寺縁起や高僧伝絵巻である。弘法大師・法然上人・親鸞聖人・一遍上人などの伝記絵巻がいずれも数種にわたって製作された。また日本に影響を及ぼした外国僧の絵巻も,鑑真の『東征伝絵』『玄奘三蔵絵』,新羅の義湘・之曉の『華厳縁起』などがあり,縁起絵では,『北野天神縁起』『春日権現験記絵』『石山寺縁起』『地蔵縁起』などおもな遺品である。
文学関係の絵巻では『紫式部日記絵巻』『枕草子絵巻』など,前代の文学作品に取材する一方,『豊明絵草紙』『なよ竹物語絵巻』など同時代の物語が描かれるほか,戦記文学の興隆にあわせて,『前九年合戦絵巻』『後三年合戦絵巻』『平治物語絵巻』など,合戦絵巻が作られ,この時代の特色を示した。また,公家社会における歌学の発展に伴い,種々の歌仙絵巻や歌合絵巻も盛行する。説話絵巻では,『小野雪見御幸絵巻』『直幹申文絵巻』など『十訓抄』などに収載された説話を主題にしたものがあり,さらに『天狗草紙』や『稚児草紙』といった異色の作品がある。これらの絵巻は作風や技法の上で前代と異なった様相をもち,古典的な「作り絵」と抑揚のある線描が融合し,さらに写実を志向した「似絵」(にせえ)風の人物描写が加わって新しい画風が樹立された。さらに宋画の影響も山水表現にみられ,きわめて多彩な様相を呈し,13〜14世紀の交を一頂点として,『北野天神縁起』『一遍聖絵』『春日権現験記絵巻』などすぐれた作品が続出した。しかし,それ以後は,公家社会の凋落とともに伝統的な大和絵で描いた絵巻は衰退する。
室町時代絵巻は題材や形式など前代を継承するが,新しい文学としてこの時期におこった御伽草子系の作品に取材した絵巻が,公家や上流武家の周辺でつくられ,しだいに一般化して享受者の範囲を広めた。おもな作品に『十二類合戦絵巻』『福富草紙』『鼠草紙』などがあげられる。また,宗教関係では土佐光信筆の『星光寺縁起』『清水寺縁起』,土佐光茂筆『桑実寺縁起』,狩野元信筆『釈迦堂縁起』,芝琳賢筆『大仏殿縁起』など新しく製作された主題のものにみるべき作品がある。一般的に室町時代絵巻は鎌倉以来の伝統様式から離れて,従来かえりみられなかった庶民感覚に訴える親近感や通俗さを表現したものが多く,この傾向は時代の降下とともに著しくなり,近世初期の風俗画に受けつがれてゆく。室町時代末期には,とくに御伽草子系の絵巻は絵本の形式をとるものが多くなるが,しかし,以後,江戸時代を通じて文学関係の絵巻は絵本と共存しながら,その豪華版としての性格を存続する。なお,江戸時代になると,風俗図巻や鉱山図巻など,実生活に結びついた絵巻や武芸・芸能の秘伝書的性格をもつ絵巻の類がつくられる。しかし,これらは平安時代以来の伝統をもつ絵巻と同じ観点から扱われていないのが現状である。また,近代日本画にも古典に取材した絵巻がかなりあるが,これらの作品も伝統的な絵巻としてでなく,作家論的に取り扱われている。
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