●エベール
ヨーロッパ フランス共和国 AD1757 フランス王国
1757〜94 フランス革命期のジャーナリスト・政治家。革命前は劇場の切符係。1790年から『デュシェーヌ親爺』という題字の新聞を刊行し,粗野な表現で衆目を集めた。コルドリエ協会のメンバーで1791年7月17日の共和政請願にも参加。1792年11月,第2助役に選ばれパリ市庁をおもな活動の場にした。食糧危機は反革命派の仕業と信じ,ジロンド派の追放,ついで恐怖政治の採用を要求,マラーの死後,その後継者を自認するが,ジャック・ルーなど過激派(アンラージェ)とは一線を画す。1793年9月,サン=キュロットの蜂起を国民公会にむけ,食糧徴発の革命軍と一般最高価格法を制定させた。11月には「理性の祭典」をもよおしたが,無神論的性格をロベスピエールから非難された。1794年3月,経済統制の緩和に反対してモモロ・ヴァンサンらと蜂起を呼びかけるが,サン=キュロットの支持なく,革命裁判所に引きだされ処刑された。