●海老名弾正 えびなだんじょう
アジア 日本 AD1856 江戸時代
1856〜1937(安政3〜昭和12) 明治・大正時代のキリスト教思想家。同志社大学総長。筑後柳川藩士の家に生まれる。熊本洋学校に学び,L.ジェーンズの近代洋学を修得,その感化でキリスト教に入信。創立直後の同志社英学校に入学。24歳のときから,教会牧師としてキリスト教の布教に活躍をつづけ,1897年(明治30)上京,1920年(大正9)まで本郷教会牧師として活躍。ここで彼に学ぶものが多く,吉野作造にも著しい影響を与えている。1920年同志社総長として共学を実施,国際精神の普及に努めた。神との人格的関係を普遍的な宗教意識とし,儒・神とキリスト教の総合折衷を考え,国家道徳の深化発展を説いた。神との人格的関係に生きる体験的宗教で,その思想的柔軟さが,福音主義の立場に立つ植村正久らの強い批判をも受けている。彼が刊行,執筆した雑誌は「新人」「新女界」,主著に『基督教の本義』『日本精神の本質と基督教』など。