●APC諸国 エー・ピー・シーしょこく
アフリカ アフリカ AD
APCとは,アフリカ(A)・太平洋(P)・カリブ海(C)の略語である。このことばはEEC(ヨーロッパ経済共同体)諸国が,いわゆるロメ協定の当事国として,EEC加盟諸国のアフリカ,太平洋およびカリブ海にあった旧植民地で,独立を達成している開発途上諸国の総称として用いられ始めたものである。APC諸国に属している国はきわめて多く,植民地から政治的に独立して新しくメンバーになる国があり,1983年末現在第2次ロメ協定によって,APC諸国のメンバーとなっているのは58カ国に及んでいる。このうち太平洋地域のメンバーは,フィジー,キリバス,パプア=ニューギニア,ソロモン諸島,トンガ,ツバル,バヌアツ,西サモアの8カ国である。ニュージーランドと連合関係にあるクック諸島が,APC事務局(べルギーのブリュッセルにある)に,加盟を申請したことがあったが,完全な独立国でないという理由で承認されなかった。太平洋における第2次ロメ協定の締約8カ国は,APC太平洋グループといわれるが,1982年4月にフィジーのスヴァで,APC太平洋グループ閣僚理事会(APC Pacific Group Council of Ministers)の創設会議が開かれた。そこでSPEC(南太平洋経済協力機関)の事務局(スヴァ)が,APC太平洋グループの事務局として機能することが正式に承認された。APC太平洋グループ閣僚理事会の第2回は,1983年3月に西サモアのアピアで,第3回は1984年4月末にスヴァで開かれ,後者は5月にかけてAPC−EEC合同理事会に移った。その合同理事会についてAPC閣僚部は,クック諸島にオブザーバーの地位を認めることを決定した。APC諸国という形で,EECから多様な経済援助や協力が供与されることになったのは,1976年4月1日から発効した第2次ロメ協定によってであった。第1次ロメ協定ではEEC市場に免税で,APC諸国の農産物輸出を可能にした。また,いわゆるスタベックス(STABEX=Stabilization of Export EarninGsの略)が,APC諸国の輸出産物の価格の変動によって,輸出収入が減少するのに対する救済措置として発足した。たとえば,1981年にはヤシ油やコプラの輪出収入が,その価格低落によって減少したのに対して,スタベックスによる補償が行われた。しかし多様な品目について価格が暴落して,1980〜82年に補償要求額が激増したため,1981年には要求額の半分しか補償できなかった。第1次ロメ協定はその他EEC基金によってAPC諸国の開発プロジェクトに資金援助を与えることをも定めた。第2次ロメ協定は,1981年1月1日に発効し,1985年2月末まで存続することになっている。第2次ロメ協定は第1次ロメ協定の機能を継承しているほか,新しい援助方式としてSYSMINが創設された。これはスタベックス方式をAPC諸国が輸出する鉱産物にも,拡大適用するものである。また,投資保護・移民労働・漁業・海上輸送・エネルギー政策・農業開発について新しい規定を設け,APC諸国への援助供与手続きのスピードアップに関する配慮も行っている。1982年12月にAPC諸国の閣僚は,APC開発銀行(APC Development Bank)の設立について合意に達した。第3次ロメ協定に関する交渉は,1983年9月から始まったが,1984年12月8日にロメにおいて署名が行われた。第3次ロメ協定によってその5カ年の有効期間中に,75億ECUの援助が64APC諸国に供与されることになっている。さらにヨーロッパ投資銀行から,APCへの融資額の総計は11億ECUとなっている。なお,第2次ロメ協定による援助資金の未使用額を,再配分するなどの案についても,APC太平洋グループはブリュッセルにおいて交渉をつづけてきた。