●エピクテトス
AD55
55ごろ〜135ごろ 小アジア半島の北部フリュギアのヒエラポリスに生まれたが,ネロ帝・ドミティアヌス帝に仕えた廷臣の奴隷として育ち,のちに解放され,ストア派の哲学者となった。ローマで哲学を講じていたが,89年にドミティアヌス帝が哲学者をローマから追放したときに,ギリシア半島の北西部エペイロスのニコポリスに逃れ,そこで生涯を終えた。彼の弟子のなかには,アレクサンドロス大王の遠征記『アナバシス』を書いたフラウィウス=アリアヌスがおり,マルクス=アウレリウス帝にも大きな影響を及ぼしたエピクテトスは論理学を有用であると考えたが、哲学の純理論的な方面よりは,神学に関心を示した。彼の説によれば,世界は神の被造物であり,神の啓示は世界の秩序のなかに示される。自らの弱さと悲しみを知る者のみが哲学の教えによって導かれ,悪人は罰せられるべきではなく,被害者よりも不幸であるがゆえに憐れまれるべきである。人間は運命の変転から自由であらねばならず,人間の幸福は人間が自由にしえない物事にあるのではない。死・苦痛・病に対しては無関心であれ。彼は,つねに善である神の啓示を尊重すべきことを説いた。エピクテトスは,ソクラテスと,キュニコス派のディオゲネスを世界史上の賢者として尊敬した。また,エピクテトスの弟子アリアノスは師の言行を「談話集」にまとめ,さらに教科集風な「提要」に編纂した。エピクテトスは,ストア派の人間として哲学者であるよりはまず哲人であることをモットーとし,当時のストア派の多くが折衷主義におちいっていた中にあって,初期ストア派の剛健さを身上とした。エピクテトスは,同時代の人のみならず,同じストア派の哲人皇帝で『自省録』を著したマルクス=アウレリウスや,キリスト教の教父哲学,パスカルはじめ近世にまで影響をおよぼした。