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●エパメイノンダス

BC418 

 前418ごろ〜前362 ボイオティアのテバイの政治家・軍人。従来の重装歩兵の密集戦術に対して,斜線陣といわれる戦術を創始した。前370年代,スパルタがアンタルキダスの和約を盾にしてギリシア世界の覇権を行使し,アテナイが第2次海上同盟を設立して着実に復興を進めていたとき,テバイもペロピダスやエパメイノンダスの指導下に急速に台頭していた。彼の政治的経歴は前371年ごろから明らかになる。スパルタでの和平会議において,スパルタはテバイのボイオティア支配を止めさせるために,ボィオティア諸市が個別に平和に誓約するように試みたが,彼はこれを拒絶した。スパルタはアテナイと協力して,アゲシラオスの指揮下にテバイを攻略しようとした。前371年のレウクトラの戦いで,エパメイノンダスは,伝統的な重装歩兵の密集陣を展開したスパルタ陸軍に対して,壊滅的な打撃を与えた。敵の一方の翼の前面に非常に厚い密集部隊を配置し,比較的手薄な部隊を斜め後方に退らせて,主力部隊が敵の前面を突破した後に転回して,斜め後方の部隊と協力して敵を挟撃する,という新戦法によったのである。この戦いでスパルタの覇権は破壊され,テバイは中部ギリシアに支配権を確立した。しかし,前362年のマンティネイアの戦いで彼は戦死し,以後,テバイの力は急速に衰えた。この時期のテバイの興隆と衰退はエパメイノンダスの成功と死によっていたのである。のちに,前338年,カイロネイアの戦いで,マケドニア王フィリッポス2世とアレクサンドロスが,アテナイ・テバイの連合軍に対して戦い,テバイア「神聖隊」を破ったのがこの斜線陣であったのは皮肉である。