●エトルリア人 エトルリアじん
ヨーロッパ イタリア共和国 AD
前10世紀ごろから前4世紀ごろまで,ティレニア海に面した中央イタリアのトスカナ地方を中心に活躍した民族。その系統については,小アジア渡来説・北方民族南下説・土着説があり定かではない。前7〜前6世紀には,北はポー川流域,南はラティウムまでを勢力圏とし,都市ローマも前6世紀にエトルリア系の王の支配下に入った。未解読の共通言語をもつ12の要塞都市国家連合を形成し,サルディーニア・コルシカの鉱山開発を基礎資源として,活発な交易を行っていた。前5世紀には南方のカンパニアまで支配を伸ばしたが,前4世紀初めに主要都市ウェイイがローマに滅ぼされ,その後も次々と征服されて,前1世紀にはローマに吸収されてしまった。発掘調査は18世紀以降本格化し,東方およびギリシア文化の影響を受けたその独特の文化が明らかになってきた。とくに土木建築や金銀細工に優れた技術をもっていた。また政治制度や宗教祭祀の面でもローマ文化に多大の影響を与えていたことが明らかになっている。