50音順    検 索

●エスノセントリズム

AD 

 自民族中心主義自文化の価値・規範を用いて異文化に低い位置づけを与える態度および思想。人類はある文化内で成長すると,その文化を唯一正しいものと認識し,異文化と接触したさいに自文化の規準をもって異文化を判断し,異文化を奇怪な不可解なものとして差別的評価を下すことがしばしばある。エスノセントリズムは,同一文化内においてはその構成員間に相互に寛容な態度を生み出し,集団内の団結を強化する効果がある。しかし,自文化の盲目的絶対視は異文化への敵意を含んだ否定的態度を生じ,偏見・差別・闘争をひきおこすのがつねである。エスノセントリズムは,単にある“民族”を“中心”とするのみならず,人種・国籍・部族を単位としても発生する。

【エスノセントリズムの事例】エスノセントリズムは,歴史的にも地理的にも普遍的に存在する。古代ギリシア・ローマ人は,ギリシア・ローマ文化に属さない者を“野蛮人”と呼んだ。またユダヤ人は彼らこそが神に選ばれた“選民”であり,他民族を導く使命をおびているとしている。対して,ナチス=ドイツはゲルマン民族の優秀性を強調し,ユダヤ人をその敵として強烈な反ユダヤ主義を展開していった。また大航海時代,ヨーロッパ人がアジア・アフリカ,新大陸の原住民と接触したさい,物質文明の劣った原住民を“原始人”,“野蛮人”として,キリスト教を強圧的に布教し,侵略・植民地化していった。アジアにおいても漢民族の中華思想はエスノセントリズムの好例である。かつて漢民族は周辺の諸民族を文化的に遅れたものとし,“東夷西戎・南蛮・北狄”と称し,自らを世界の中央に位置する高度な文化をもつものとしている。日本においても,かつては日本を神が築き加護する“神国”とし,戦前の大東亜共栄圏の思想にみられるように,アジアの共存共栄を唱えつつも,その実はアジアの強国としての日本,そして日本民族の優越性が強調され,ほかのアジア諸国・諸民族に対する差別的態度を生み出したのである。また未開社会においても,自分達の部族のみを“良い人”あるいは“優れた人”を意味する用語で示し,他部族を人間の徳性をもたない“悪い人”とか“地上の猿”であるなどとする例が多くみられる。ツングース族・ラップ族カリブ族などは,彼ら自身のみを“人間”と呼ぶのである。かつてグリーンランドのエスキモーは,ヨーロッパ人は彼らエスキモーから徳や良いマナーを学ぶためにグリーンランドにやってきたのだと考えた。彼らがヨーロッパ人に与える最高の賞賛の言葉は“グリーンランド人(エスキモー)と同じぐらい良い”であった。

【エスノセントリズムと文化相対主義】エスノセントリズムの用語は20世紀初頭にサムナーが用いたのが最初であるが,エスノセントリズムの客観的認識は,文化相対主義の出現と関連している。文化相対主義とは,“各々の文化の規範・価値は,それ自身の有効性があるのであって,異文化を評価する規準としては用いることはできない”とするものである。異文化に対するその存在価値を認めた科学的研究が始められたのは,19世紀後半におけるモルガンなどの社会進化論の研究に始まるといえよう。しかし,それは西洋文明を進化の頂点におき,現存する未開社会を原初的形態としてとらえたのであって,これもエスノセントリズム的思考にほかならない。そののち,19世紀末,アメリカの人類学者ボアズはインディアンの研究を通じて,インディアンの言語は調査者の言語をもっては理解できないことに気づき,さらに西洋人が“原住民の知的発達の遅れ”としたものは西洋人の偏見であり,ひどく奇妙に思える原住民の生活も,それは彼らなりの生活の必要性に応じたものであり,ヨーロッパの規準をもって異民族をみることはできないとした。ここにおいて,人類が異文化にむける目に含まれるエスノセントリズムが批判的・科学的にあきらかにされてきたのである。

〔参考文献〕レヴィ=ストロース,荒川幾男訳『人種と歴史』1970,みすず書房

我妻洋・米山俊直『偏見の構造・日本人の人種観』NHKブックス1967,日本放送出版協会