●エスキモー
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シベリアの東端から,アラスカ・カナダ・グリーンランドにいたる極北ツンドラ地帯に住む民族。【人口と歴史】総人口約9万人のうち,グリーンランド人住民が最も多く4万1,000人,アラスカ3万2,000人,カナダ1万2,000人,シベリア1,200人を数える。エスキモーと白人との接触は9世紀末にさかのぼり,グリーンランド西海岸には15世紀ごろまでノルウェー人植民者が居住していた。16世紀以後,ヨーロッパ各国の探検家が次々にエスキモー地域に派遣された。白人文明との急激な接触の結果,エスキモー人口は一時激減したが,今世紀に入って衛生状態の改善や幼児死亡率の低下によって安定し,近年はむしろ増加の傾向を示す。エスキモーの身体的特徴は,隣接民族である北米インディアンよりもモンゴロイドに近く,インディアンの血液型にはほとんどみられないB型遺伝子が低頻度ながら出現する。また高度な屈折語であり,接尾辞を幾重にもつなげることが可能なエスキモー語の構造も,インディアンの諸言語とは明らかに異なっている。これらの事実は,エスキモーの祖先が,インディアンの祖先よりもかなり遅れてアジアから新大陸に渡ったことを物語っており,最近の考古学的知見もそれを裏づけている。
【環境と生活】エスキモーの住地は,1年の大半を雪と氷で閉ざされたツンドラ地帯であり,冬は1日中太陽の姿をみない地域が大部分を占める。このように厳しい気候条件のもとで,かれらは数千年前から狩猟によって生活を支えてきた。かれらの食糧資源には,ガン・カモ・ライチョウなどの鳥や,サケ・マス・ニシン・オヒョウなどの魚も含まれるが,主体をなすのは哺乳動物で,陸上ではカリブー(野生トナカイ),海ではアザラシ・セイウチ・シロイルカ・鯨などである。コケモモ・ガンコウランなどの小果実も好んで採取するが,その量はきわめて限られている。かれらは春になると,氷の融けた海の上にカヤックと呼ぶ皮舟をうかべ,アザラシなどの海獣を追う。主要な武器は長い皮ひもと浮袋をつけた銛で,銛頭は獲物の体に突き刺さると反転して抜けなくなるように工夫されている。冬期には,凍結した海面のすき間に呼吸のため浮上するアザラシを銛で突く海氷上の狩猟が行われる。鯨猟には,カヤックの代わりに大型の皮舟ウミアックが用いられる。ウミアックは,獲物を追って季節的に移動するエスキモーにとって大切な輸送機関でもある。冬期の輸送手段としては犬ぞりがある。住居は,地方により,また季節によって異なるが,海岸に流木がうち上げられる地域では,木で枠組みをつくり,その上にツンドラの芝土を積み上げた半地下式の家が建てられる,雪の家イグルーは,カナダ=エスキモーの発明によるもので,アラスカやグリーンランドでは,仮の住居または倉庫に使われることがあったにすぎない。芝土も雪も断熱性が高く,半地下式住居は冬の家に最適であるが,夏は湿気が多くて住めないためテントに移り住む。カリブーの毛皮を,腱の糸で縫い合わせた防寒衣アノラックは,今では世界の多くの人々に愛用されている。
【社会組織】衣食住に関する生活技術で非凡な才能を発揮したエスキモーも,社会組織は単純なものしかつくらなかった。親族の結合はゆるやかであり,家族だけが唯一の明確な社会単位をなすといってよい。しかし,アザラシ肉などの資源の共有・分配を基礎とするパートナー制度の発達にみられるように,相互扶助と協力の原理が彼らの社会を支えている。外来者の好奇心から“妻貸し”と称せられた配偶者共有の制度も,同じ原理にもとづく。社会階層が未発達で,仲間と平等な関係で結ばれていたエスキモーにとって,食糧やそのほかの資源を分ち合うことが,厳しい環境に耐えて生き残る最善の方略であった。しかし,極北の狩猟民エスキモーも,近年航空機,スノーモービル,衛星通信による電話など近代化の影響を受けて,伝統的な文化が急速に変容し,あるいは失われつつある。
〔参考文献〕本多勝一『カナダ・エスキモー』,『極限の民族』1967,朝日出版社
D.プライド,岡田宏明訳『ヌナーガ−−エスキモーと暮らした10年−−』1974,平凡社
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