●エジプト民族主義運動 エジプトみんぞくしゅぎうんどう
アフリカ エジプト・アラブ共和国 AD
これにはいくつかの局面がある。1882年にエジプトがイギリスに占領される前には,トルコ帝国の失政に対する抗議として汎アラブ主義がエジプトで開花した。そこには汎イスラーム主義の擁護があり,西欧列強の帝国主義侵略に対して「全信徒」の利益を守れないことへの抗議がこめられていた。しかし,エジプトの地政的な位置とアルバニア王朝の失政とがあって,エジプトは,シリアの言語ナショナリズムに対する批判を含めた,アラブ民族主義の拠点となる。それが,第一次世界大戦でエジプトの独立が達成されず,かえってイギリス・フランスのアラブ世界における傀儡政権ができたことと,アラブ世界では植民地的であるにせよ最も近代化が進んでいたこととがあって,エジプトは第二次世界大戦後にアラブ民族主義運動のなかで中心的役割を演じる。その代表例が,ナースィル体制(ナセル)であるが,西欧の帝国主義国支配の置きみやげであるイスラエルとの対決に疲弊してその国民主義により単独講和を結び,アラブ世界で指導力を失った。