●慧遠 えおん
アジア 中華人民共和国 AD334
334〜416(咸和9〜義煕12)中国東晋時代の僧。鴈門楼煩(山西省武寧県)の人,俗姓は賈氏。洛陽で六経・老荘を学び,五胡の混乱の最中に恒山の道安に師事して般若学を修めた。道安に随伴して襄陽まで行ったが,そこで前秦の軍隊に道安をさらわれた。のちに南下して途中廬山に入り,没するまで30年以上山から出ず,教義研究,仏典の収集と伝訳,後進の指導に尽力した。宗教的影響力は大きく,仏弟子のほかに名士たちも参集してきた。402年(元興1)には阿弥陀仏を念じて三昧を得るための結社をつくった。これはやがて白蓮社と称され,彼は浄土宗の祖といわれる。西域僧を招いて新来の仏典を漢訳させたり,自ら大乗の教義について長安の鳩摩羅什と書信を交換し,『大乗大義章』を残した。彼の教団内では禅と一致させた念仏と戒律が重視された。僧の帝王への礼拝に関し『沙門不敬王者論』を著して出家者は方外にあって道をきわめるのだから世間の王者に礼をつくす必要はないと主張するなど,中国的仏教確立の時代に生き,仏教受容史上に重要な役割を果たした。
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