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●永寧寺 えいねいじ

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 北魏時代の代表的寺院。初め大同にあったが,孝文帝による洛陽遷都後,孝明帝の時代にその生母霊太后胡氏によって建立された。その壮麗さは,東魏楊街之の『洛陽伽藍記』の冒頭に詳述されている。木造の九重の大塔が有名。西域より来遊した菩提達磨が「閻浮に無き所なり」と賞め讃え,「南無」と唱え合掌したという。伽藍も仏塔に劣らず豪壮をきわめ,九重の塔の北にあった仏殿は太極殿に似,僧房や楼観合わせて一千余間の,当時最大の偉容を誇っていた。しかし霊太后の権勢と北魏仏教の隆盛とを象徴する大塔も,北魏が滅亡する直前の孝武帝534年(永・3)2月,炎上消失した。第8層より燃え拡がった火災は3カ月をへても消えず,地中の基柱にまで火が入り,1年を過ぎてもくすぶりつづけたと楊衒之は伝えている。近時,漢魏洛陽城の調査と並行して永寧寺の発掘調査も行われ,仏塔の基壇が確認され,焼けた仏頭の破片などが収集された。