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●永高 えいだか

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 今,私たちは領収書などに,「一,金 何々……」と書きならわし,紙幣を用いながらも“おかね”の語を不自然と感じない毎日を送っている。永高とは,永盛・永別ともいい,田畑の収穫を初め領主層の所領支配の,種々雑多な内容を永楽銭を基準として統轄・表示することをいう。室町時代に永楽通宝が輸入され,一般に通用するようになってこの表示方法が定着したが,永楽銭は通用に地域差があり,主として東国で行われた。西国では悪銭と見られていた場合もある。したがって他の地域では畑や家屋地に課せられた地子銭諸役は永高であっても,年員は石高で表示されることもふつうにみられた。遠江徳川領の1584年(天正12)の年員勘定を示す史料の一つに〈永楽,以上199貫970文,鐚,以上801貫585文〉とみえ,1604年の〈永1貫文=鐚4貫文〉の公定比率とほぼみ合うものとなっている。永楽銭は1636年には使用が停止されたが,永楽銭何貫文の頭をとった永,何々の表記は長く残された。