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●エイゼンシュテイン

AD1898 

 1898〜1948 ソヴィエトの映画監督。映画の基本的手法〈モンタージュ〉を理論化し,実践した。ラトヴィアのリガ生まれ。建築技師の父はドイツ系ユダヤ人,母はロシア人。ペトログラードの土木工学専門学校に進んだが,美術の才能を現し,演劇に熱中した。演劇活動(ポスター=デザイン・舞台装置・演出)をへて,映画に転じる(1924)。このあいだ,メイエルホリドの影響を受け,日本文化とりわけ歌舞伎に学び,映画製作に生かされた。代表作には,世界映画芸術史上最高傑作の一つとされる『戦艦ポチョムキン』(1925),サイレントからトーキーへの過渡期における〈視聴覚モンタージュ〉の試み『アレクサンドル=ネフスキー』(1938,音楽はプロコフィエフ),遺作『イワン雷帝』(1944,1945)がある。この第1部の様式美が〈形式主義〉であると批判されて,第2部の改訂中,心臓発作で死亡した。

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