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●英韓通商条約 えいかんつうしょうじょうやく

ヨーロッパ 英国 AD1883 ハノーヴァー・ウィンザー朝

 1883年11月新任の駐華公使パークスと朝鮮とのあいだに京城で結ばれた条約。江華条約締結後,日本の朝鮮進出と貿易独占を恐れて,宗主国の清朝は朝鮮を指導して,西洋諸国と通商条約を結ばせ,日本への対抗策とした。この条約は米韓条約(1882)についで結ばれたもので当初はイギリス提督ウィルスが同条約をモデルとして締結交渉を行い,1882年調印したが,高率の関税に対して極東にいるイギリス商人のあいだに反対の声が強く,またイギリス本国の政策とかけ離れているところもあって,イギリス政府は批准を拒否し,あらためて駐華兼任駐鮮公使パークスをして朝鮮とのあいだに結ばせたものである。[1]領事裁判権の規定を詳しく定め,米韓条約にあった暫定性を示す文句を削った。[2]居留地設定を重視した。[3]税率を5または20%とした(米韓条約は最高3割)。[4]最恵国条約は無条件とした。[5]条約の期限を10カ年としたなどがおもな内容である。