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●永嘉の乱 えいかのらん

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,西晋の第3代皇帝懐帝の永嘉年間(307〜312)におこった北方民族を中心とする反乱。第2代皇帝恵帝のとき,王族間の争いである八王の乱(291〜306)がおこり,諸王は兵力として当時中国内地に居住していた北方民族を利用した。これを契機に華北で北方民族が自立するようになり,304年には南匈奴の劉淵が国号を漢と称して左国城(山西省離石県)で独立し,しだいに勢力を拡大,308年には皇帝を称した。そのあいだ,服属した族の石勒や漢族流民の首領である王弥らを利用して河南・山東地方を攻略した。劉淵の子劉聡は,劉曜・王弥に命じて西晋の都洛陽を攻撃させ(311),懐帝を捕えて漢の都平陽(山西省臨汾県)に連れ去り,ついで殺した。そののち,長安で愍帝が第4代皇帝に擁立されたが,316年劉曜に捕えられ,西晋はここに滅亡した。これを契機として五胡十六国時代が始まり,華北には北方・西方諸民族による政治権力が相ついで樹立されることになった。