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映画 えいが

【戦後】国土を焼いた戦争試練を直接エネルギーとし,厳密な現実直視の写実で理論武装した一団の映画人が敗戦のイタリア内部から現れ出た。精神的指導者の一人は脚本家C.ザッティーニである。世界の映画界は映画が,最も尖鋭な現代の目撃者たり得る特性を教えられ,これを“イタリアン=リアリズム”と名づけて,多かれ少なかれ,その後の映画美学の基本線をこの影響下におくこととなった。主な作家にロベルト=ロッセリーニ(『無防備都市』・『戦火のかなた』)・ビットリオ=デ=シーカ(『靴みがき』『自転車泥棒』)・ルイジ=ザンパ・ジュゼッペ=デ=サンティス(『にがい米』)・アルベルト=ラットゥアーダなどが数えられ,なかでもルキノ=ビスコンティは『大地は揺れる』の地方主義から,のちリアリズム全体の内省化とともに,階級の問題・人間内面の全般に及ぶ,20世紀有数の思想作家へ完熟していった。

 スウェーデンはイタリア同様,サイレント時代に栄光の映画史をもちながらトーキー到来で沈黙を余儀なくされていたが,中立で第二次世界大戦を通過後,完全な復調でよみがえった。先頭を切ったのがアルフ=シェーベルイであり,イタリアのビスコンティと並んで,世界にこの国を表象する思想映像作家の代表たり得たのが,イングマル=ベルイマンである。王立劇場の舞台監督から出た彼は,リアリズムドラマから澄明な人間喜劇『夏の夜は三たび微笑む』に進み,独特の透明な映像文体をしだいに内化し,人間存在の根本を性・肉親・神の存否で問いつめる『野いちご』『処女の泉』『沈黙』などを連打,時代相の変動にかかわらぬ内面的な人間追求を『ファニーとアレキサンダー』『アフター=ザ=リハーサル』の現在まで深化させつづけている。

 イギリス映画は,戦後アメリカ映画攻勢をはね返そうとする新興実業家アーサー=ランクの台頭やそれに競合するコルダの活躍などがあり,記録映像的な写実を前進させて,誕生以来の極盛期をにわかにもつこととなった。国際的にも,同じ英語でもアメリカ映画とはまったく違う冷徹な新収穫であった。リーンは『大いなる遺産』から『超音ジェット機』さらに『旅情』と進み,リードは『邪魔者は殺せ』から『第三の男』にいたって,スリラーという形で戦後的混乱に鮮明な結晶を与えた。製作者マイケル=バルコンによる一連のドキュメンタリー・タッチ世相ドラマも忘れがたいが,一世を画したのはマイケル=パウエル,エメリック=プレスバーガーによる『天国への階段』『赤い靴』,ローレンス=オリビエの『ヘンリー五世』など清澄にして陶酔的なカラー映画の成果だった。

 第二次世界大戦を勝利に導く原動力となったアメリカは世界の富の半分を手に,映画娯楽の方向をカラーに求めだし,とくにミュージカルの分野で多大の成果となって現れたが,むしろ戦後の一時期を特徴づけるのは,現実のコミュニティのひずみへ直接目を向けるモノクロ=リアリズム映画の活性化であった。ワイラーが『我等の生涯の最良の年』で復員問題を取りあげたのをはじめ,帰還兵の不安定な心理を反映して,スリラーや恐怖心理映画の異常な流行が生まれ,ヒッチコック・ラングらの活躍を促す一方,セミドキュメンタリーと称する現地ロケ主義の事件再現映画や,その手法を取り入れた硬質のリアリズム娯楽作品が一世を風びすることとなった。ロバート=ワイズ・フレッド=ジンネマン(『暴力行為』)・ジュールス=ダッシン(『裸の町』)・エリア=カザン(『紳士協定』)・ジョゼフ=L=マンキビッツ(『イヴの総て』)らがこの空気から生まれでて第一線に達した。戦中に出発したジョン=ヒューストンは『黄金』で,ビリー=ワイルダーは『サンセット大通り』で一頂点に達した。戦前以来のべテランであるビダーの『摩天楼』・ジョージ=スティーブンス『ママの想い出』・フォード『荒野の決闘』も晩期黒白映画の大収穫であった。

 しかしこのリアリズムが産みだせた基盤は,米ソ冷戦によって平和が幻影に終わりかけた時代への危機意識である。それはハリウッドへも広範に進歩思想を広げる結果となり,それを恐怖した保守政治の側からは陰湿なイデオロギー調査摘発の手がのびて,いわゆる“赤狩り”は一時期ハリウッドの発言意欲を根底から沈滞させることになった。時はあたかもアメリカではテレビ放送が現実の日程に入り,映画資本側はその爆発的普及への巻き返しをシネマスコープ・シネラマ・ビスタビジョンなど画面サイズの大型化に求め,上映方式多角化の1950年代大半,いき詰ったハリウッドは皮相の華麗さの底で,心理的な停滞を味わう。

 第二次世界大戦を劇的な波乱で戦勝国として,終結できたフランスは,フェデエを国外で失ったものの,亡命から帰国したクレール(『リラの門』)・デュビビエ(『パリの空の下セーヌは流れる』)・ルノワール(『黄金の馬車』)の復調と大活躍を迎えることができた。またジャン=ドラノア・ベッケル(『現金(げんなま)に手をだすな』)・クルーゾ(『恐怖の報酬』)・イブ=アレグレ・アンリ=ベヌイユ(『ヘッド=ライト』)・アンドレ=カイヤット(『眼には眼を』),さらにはブレッソン(『抵抗』)ら新世代の台頭もあり,粒こそ小型化したものの,戦前以上の自然主義が成熟にむかって深められた。ベテランのクロード=オータン=ララ(『肉体の悪魔』)がよみがえり,ジャン=コクトーの参加(『オルフェ』)が得られたのもいっそうの強みであった。作家的頂点に達したのはマルセル=カルネ(『港のマリー』)とルネ=クレマン(『禁じられた遊び』)で,ついにこの時期の黒白フランス映画は前者の『嘆きのテレーズ』,後者の『居酒屋』にいたり,自然主義の最頂点に届いてしまう。しかし,もはやこの文芸的な写実からは,現代の呼吸と鼓動がききとれなくなった若い世界から1950年代末,一挙にそれを乗り越えるべく決定的な波立ち(ヌーベル=バーグ)がおこり始める。

【ニューシネマから現在へ】何の撮影所経験ももたない100人を超す若者たちが,めいめい勝手に資金をかき集め,一人一人自分自身を語り,歌うためにのみ映画を製作・公開し,それまでの定石を一新してのけたヌーベル=バーグの映像表現革命は,映画史上前代未聞の動きであった。旧世代映画の製作費高騰に悩まされていた製作者たちもやがて彼らの新表現と若い世代への訴求力に資本や公開の場を提供する気運となり,これはフランス映画を変えただけでなく,国際的にも世界の映画観を基本的に一変させる起爆材となった。映画は〈他人事のオトギバナシ〉ではなく,自発的な動きの文体で語られる若者の自己告白・自己主義へと本質を変換したのである。モンタージュを本能的に否定した溝口健二美学の影響なども大きい。A.アストリュックの“カメラ万年筆”論や,ブレッソン・アラン=レネ(『二十四時間の情事』)らに精神的先導者をみいだした新世代にはロジェ=バディム(『血とバラ』)・ルイ=マル(『死刑台のエレベーター』)・マルセル=カミュ(『黒いオルフェ』)・フランソワ=トリュフォ(『大人は判ってくれない』)・ジャン=リュック=ゴダール(『勝手にしやがれ』)・クロード=シャブロル(『いとこ同志』)・クリス=マルケル・ジャン=ルーシュ・アンリ=コルピ(『かくも長き不在』)などがおり,やや遅れてセルジュ=ブールギニョン(『シベールの日曜日』)・ジャック=ドミー(『シェルブールの雨傘』)・アニェス=バルダ(『幸福』)・ロベール=アンリコ(『冒険者たち』)・クロード=ルルーシュ(『男と女』)・ジャン=ピェール=メルビル(『サムライ』)らの華麗な台頭がみられる。ここにあげた彼らは出発点の初々しい革新性から,しだいにフランス映画プロパーへ定着していくが,なかでブレッソン・レネ・トリュフォ・ゴダールらが終始それぞれの原点たる思想・文体を貫いて自らの主題を追求しつづける姿勢は,フランス映画芸術の栄光を守るものとして高く評価される。ただ,必ずしも豊かな後継者に恵まれているとはいいがたく,モーリス=ピアラ・クロード=ソーテ,とくにエリック=ロメール(『満月の夜』)らの進出はあるものの,かつてに比べ軽量な状態にとどまっている。

 ハリウッドは1950年代,停滞や動揺を繰り返しながらも世界的な商品性をもつ秀逸な娯楽作品で誇りを証明しつつ,カラーやワイド画面への新対応を消化しつづけていた。『ローマの休日』『必死の逃亡者』『ベン=ハー』『静かなる男』『戦争と平和』『リオ‐ブラボー』『スター誕生』『十戒』『陽のあたる場所』『シェーン』『翼よ!あれが巴里の灯だ』『裸足の伯爵夫人』『グレン=ミラー物語』『見知らぬ乗客』『裏窓』『黄金の腕』『エデンの東』『真昼の決闘』『地上より永遠に』『白鯨』『ピクニック』『バラの刺青』『ヴェラクルス』『OK牧場の決闘』『老人と海』『荒野の七人』『理由なき反抗』……枚挙にいとまないこれら1950年代のエンターテインメント秀作はまた,日本の映画観客が一国の映画と最も密に結びついて快楽を吸収した軌跡でもあった。しかしこれら成熟した娯楽映画はまた一方で,こういうハリウッドの企画にはまりたがらない新たな映画人をニューヨークや演劇界・テレビ界から呼びだす結果になった。シドニー=ルメット(『十二人の怒れる男』)・ロバート=マリガン(『アラバマ物語』)・サム=ペキンパー(『昼下りの決闘』)・ノーマン=ジェイスン(『夜の大捜査線』)・フランクリン=シャフナー(『パットン大戦車軍団』)・ジョン=フランケンハイマー(『終身犯』)・ジョージ=ロイ=ヒル(『明日に向かって撃て!』)らがこうして映画の地表に出,ついにアーサー=ペンの『俺たちに明日はない』,マイク=ニコルズの『卒業』が現れた1960年代後半にいたって,アメリカ映画もその映像文体の美学と追求主題をはっきり新時代の感覚と欲求に向けかえたことが確認された。

 以後,アメリカ映画はヴェトナム戦争体験や学生運動の苦い苦闘に動揺しつつも,これを果敢に生活感情表現へ取り込み,一方で娯楽の目をオカルトや宇宙の幻想世界にまで広げる大型化の道を1970〜80年代に推し進め,21世紀へ向かう世界映像エンターテイメントをほぼ独走的にリードするエネルギーを発揮しつづけている。『ジョーズ』『タワーリング・インフェルノ』といったスペクタルの延長上にあるジョージ=ルーカスやスティーブン=スピルバーグの活躍(『スター・ウォーズ』『E・T』『レイダース』)を一方において,『ゴッドファーザー』『地獄の黙示録』から『コットン=クラブ』にいたるフランシス=F=コッポラ,またマーチン=スコセッシ(『タクシードライバー』)・マイケル=チミノ(『ディア・ハンター』)・ロバート=アルトマン(『マッシュ』)・ミロシュ=フォアマン(『カッコーの巣の上で』)・バリー=レビンソン(『ナチュラル』)・ジョン=アビルドセン(『ロッキー』)・ロバート=ベントン(『クレイマー,クレイマー』)・ジェームズ=ブルックス・フィリップ=カウフマンさらにはウッディ=アレン(『カメレオンマン』)らが示すアメリカ人とその生活の研究は,また同時に国際的にも現代人の“生きる社会読本”たりえているのである。

 戦後,映画ルネサンスを体験したイギリスも,1950年代に入るとアメリカ資本におされて一時退潮期に入るが,リーンは『アラビアのロレンス』『ライアンの娘』と悲劇的人間像を大型画面に撮りつづけて国際的な名声を保持しつづけ,1960年代初めヌーベル=バーグから触発された優秀な若手世代に活躍をつなぐことができた。批評家リンゼイ=アンダースンを中心とするカレル=ライス(『孤独の報酬』)・トニー=リチャードスン(『長距離ランナーの孤独』)・ジョン=シュレシンジャー(『真夜中のカーボーイ』)の画面である。目下『炎のランナー』『グレイストーク』で注目のヒュー=ハドスンもこの線上にある。またこの国は映画を通してビートルズを世界に広め,さらにきわめて高い水準に熟達した精密映像技術によって,1960年以降大ヒット娯楽シリーズ『007』を世界に送り出し,スタンリー=キューブリックの『2001年宇宙の旅』にSFX(特殊撮影)スタジオを提供するなどの貢献も忘れられてはならない。

 大戦を苦闘のうちに勝利へ導いたソ連は,ドイツから優秀な映画機械技術など接収できたものの,内容的にはスターリン主義の重圧下にあえぎ,やっとそれを克服して雪どけが迎えられたのは,1953年の彼の死後であった。ユトケビッチ・コジンツェフ・ゲラシモフらの活躍が注目され,なかでもカラトゾフの『戦争と貞操』・ボンダルテュクの『人間の運命』タルコフスキーの登場(近年の秀作は『ノスタルジア』)ははっきりと時代の潮流の激変を証明した。グルジアのコンチャロフスキー(最近作はアメリカにおける『マリアの愛人たち』)など,周辺地区の開花も目をみはらせるものがあった。

 とくに隣国ポーランドは,大戦の壊滅的打撃から立ちなおりが遅れたが,スターリン主義清算とポズナム暴動の苦い経験ののちに爆発的な新世代の登場が,A・フォルドの指揮下に実現した。イエジ=カワレロビッチ・アンジェイ=ムンクからザヌーンにいたる俊英のなかで,ことに世界的評価の高いロマン=ポランスキー(『水の中のナイフ』『ローズマリーの赤ちゃん』『テス』),アンジェイ=ワイダ(『灰とダイヤモンド』『大理石の男』)は,現在その活動の拠点を西側に移すなど,政治に揺れ動く同国の映画人は,苦悩のなかで芸術と思想をきたえる道を強いられつづける。現在東欧圏で最も実力ある映画国は,イシュトバン=サーボ,ミクロシュ=ヤンチョらを擁するハンガリーであるが,ミロシュ=フォアマンを生み,アニメーションなどにも伝統をもつチェコスロヴァキアの存在も見落とすことはできない。

 実は,これら東の諸国とは別の政情ながら,やはり政治的・経済的に十分な安定を欠くいわゆる第三世界からまったくユニークな映画が輩出するようになったのも,第二次世界大戦後の巨大な特色である。当然それらの国々の人権の伸長,教育や文化の広がり,国際的発言力の自信といった背景がその底にあるが,世界的に普及した各種国際映画祭の拡大が,彼らを地表へ押しだす拍車となっていることも無視できない。メキシコにおけるエミリオ=フェルナデス,インドにおけるサタジット=ライ(『大地のうた三部作』),アルゼンチンのトーレ=ニールセン,ギリシア生まれのコスタ=ガブラス(『Z』『告白』)・マイケル=カコヤニスから,近年におけるオーストラリアのP・ワイア,スペインのカルロス=サウラ(『カルメン』),急死したが,トルコのイズマル=ギュネイなどまでの広がりこそ,世界映画の支えである。そしてこれらの一頂点にスペインに生まれて各国で容赦ないリアリズムの極点を繰り広げたルイス=ブニュエルが存在した。

 強烈なリアリズムで戦後の実態をえぐりだしたイタリア映画は,1950年代の生活安定とともにしだいに内面化への道をたどり始め,ビスコンティに大きく花を咲かせると同時に,フェデリコ=フェッリーニ(『道』『甘い生活』『フェッリーニのアマルコルド』)・ミケランジェロ=アントニオーニ(『さすらい』『情事』)の両巨匠時代を迎えた。より南方的に人間の俗臭に親近感をもつ前者と,より北方的に人間の不毛を突く後者の対比。その間にもこの国はピエロ=パオロ=バゾリーニ(『アポロンの地獄』『奇跡の丘』)やベルナルド=ベルトリッチ(『ルナ』『1900年』)の登場で,痛烈な個性的リアリズムの新道をひらきつづけ,ピエトロ=ジェルミ(『鉄道員』『刑事』)・マウロ=ボロニーニ・バレリオ=ズルニーニ(『家族日誌』)らみずみずしい風俗作家の活躍もやむことがなかった。通俗なマカロニ=ウェスタンなど娯楽作品の広がりももつ一方で,もはやビスコンティも亡き今日,なおフランチェスコ=ロージ(『シシリーの黒い霧』)の写実主義を中心に,エルマン=オルミ・タビアーニ兄弟(『父パードレ・パドローネ』『サン・ロレンツォの夜』)・エットレ=スコーラと独自の個性に欠けるところない同国映画人の威容は,ヨーロッパのみならず世界に突出した映画国の名に恥じない。

 ナチスの清算と経済復興を成し遂げたあとも,ドイツ(西)映画は1970年代にいたって,この国には突然中堅世代の勃興がみられ,世界を驚かせた。その主導者の一人R・W・ファスビンダー(『リリー・マルレーン』)の急死というショックはあったものの,今日,世界で最も強烈な発言力をもつ一国たりえているのは,なかでもフォルカー=シュレンドーフ(『ブリキの太鼓』)・ベルナー=ヘルツォグ(『アギーレ・神の怒り』『フィツカラルド』)・ビム=ベンダース・女流のM.フォン=トロッタなどがみせる個性的映像力と国際的な視野が,今後もなお世界映画の強力な牽引車でありつづけるにちがいないと予感させるからである。

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