●運搬法 うんぱんほう
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運搬は物資を移動させることであるが,人類にとっては,何らかの価値を付加する目的で行われることが多い。動物の運搬行為にも餌や子どもや巣の材料などの運搬が見られ,人類にとっても食物や住居の材料などの運搬が基本であるが,人類に特有とされる労働と呼ばれる行為のうちに運搬作業の占める比率は著しく高く,きわめて重要な生活手段となっている。運搬によって物資の交流や蓄積が行われた上に文化の発展が達成されたといっても過言ではない。人体は中長距離の運搬作業に適しており,伝統的運搬の基本は人力運搬であった。【運搬法の種類】人力運搬には,[1]人間が荷重を直接に筋力で支えつつバランスを保ちながら移動する方法と,[2]地面などを引きずり摩擦力に抵抗して移動する方法,さらに[3]として[1][2]を組み合わせた方法がある。[1]には,人間の頭・肩・背・胴・手・腰など荷重を支える体の各部位によって,さまざまな運搬方法がある。具体的には,荷を支える主な体の部位によって頭上運搬・背負運搬・前額運搬(額背負運搬)・肩担い運搬・手提げ運搬・腰提げ運搬などに分類できる。いずれも人間の筋力で荷重すなわち引力に抵抗してもち上げている状態と,足で歩いて移動する運動とが混成されて運搬という行為が成り立っている。これらは体の使い方や道具の使用方法の違い,荷の違いによって,呼び方も地方によってさまざまである。[2]は,単に荷を直接地面を引きずるだけの方法もあるが,ソリや車などの利用にみられるように,摩擦による抵抗を軽減するための工夫も行われた。また荷重の一部を人力が支えている方法もあった。それが[3]に相当する。
【人力運搬具の機能】人力運搬に用いられる道具には,(A)荷をまとめる働き(容器の役割),(B)荷と体の間のクッションの働き(緩衝作用)(C)体と荷との間の位置関係を安定させる働きの三つの基本的機能がある。これらが単独で,または組み合わされて運搬に供せられている。たとえば笊が1個,棒が1本あるだけでも目的に応じては十分に運搬具の役割を果たすのに対して,背負梯子のような運搬具は,三つの機能を一つの道具に凝縮させているといえる。
【畜力・自然力利用の運搬】人類は家畜に運搬作業をゆだねることも早くから行い,日本では牛馬が利用された。人力運搬の様式と用具の機能は,畜力を利用する場合にも認められる。牛馬の背に荷を乗せたり,引かせたりするにも,荷をまとめ,安定させ,家畜の体を傷めない工夫が鞍などの用具に実現されている。これらの人力・畜力による運搬とは別系統の運搬方法に,引力・水力・風力などの自然の力を利用した運搬法がある。山の斜面を滑らせたり,筏のように川を流したり,帆を張って船を進めたりする方法などが自然力利用の運搬の代表である。実際には自然力利用と人力,畜力利用の運搬とが組み合わされて行使されてきた。そして近代になり,人力や畜力に代わってエンジンやモーターという人工の動力が発明され,今日の汽車・電車・自動車・航空機などの大量・高速運搬の段階に発展するのである。
【人力運搬の諸相】人力による各種の運搬方法について具体的にみていくと,まず荷を抱える方法では,とくに用具は用いず,荷そのものか容器を,主に胸と手で支えてもつことになる。比較的軽い荷を短い距離に運ぶ時に行われるという点では,手提げ運搬も同様である。これも荷や容器を直接もつこともあるが,この運搬に専用の容器類は,手籠・手桶などのように把手や吊手が付けられ,運搬具としての特徴を備えている。
【頭上運搬】頭上運搬は主に頭で荷重を支える運搬方式で,世界的にみられる習俗である。日本では一般には伊豆大島のアンコや京都の大原女などの特異な風俗として知られるにすぎない。しかし,古くは埴輪にその姿が造型されたものがあり,中世の絵巻物にはいたる所に見受けられ,日本の伝統的な運搬習俗の一つであったことがわかる。近世初頭の京都周辺の習俗を伝える『洛中洛外図屏風』では,薪を運ぶ大原女ばかりでなく,一般の人々も平包みや籠などを頭にのせる。近代になると急激に消滅し,現在ほとんど見られなくなったが,比較的最近まで,これを伝えた土地は広く日本各地に及び,おもに海岸や離島の村に女性に特有の習俗として残っていた。海産物の行商の形で伝えられてきた場合が多かった。伊豆南部の漁村では頭上で物を運ぶことをササグといい,昭和30年代ごろまでササギ商い(魚行商)が行われていた。ササグという地方は伊豆諸島にもひろがる。近畿・北陸地方や四国地方などではイタダクといい,瀬戸内海沿岸ではカベル・カベリ系の呼び方が多く行われ,この地帯でカベリをするのは広島県の能地から各地に移った漁師の妻が多かったという。このほか西南日本にはカンゲル・カネル・カミルなどのいい方がある。古く行商のほかにも日常生活に欠かせないさまざまな運搬が頭上で行われ,薪や飲料水の桶ばかりでなく石材や肥桶さえも運んだ所があった。初節供や伊勢参りの坂迎え,葬式などの日に食物の運搬が頭上で行われた所もある。祭礼に頭上運搬の残る例が各地に見られ,とくに田遊び系の芸能に顕著である。昼飯持ちが飯櫃の類を頭にのせて登場する例が多い。頭上運搬には特別な用具は必要ではなく,荷そのものか一般の容器を直接頭に乗せるだけでもよいが,頭上運搬におもに用いられる籠や盥の類もある。また頭と荷の間にクッションをいれることが多い。これをワとかワテなどといい,藁や布などで作られた。
【背負運搬】背負運搬は,主に背で荷重を支え,手などで保持して運ぶ方法である。一般にセオウというが,ショウ・カルウなどという地方もある。背負縄,背負袋,背負籠,背負梯子などを用いる運搬方法がある。歴史的には,荷を直接背に縄でくくりつける背負縄や,今日のナップザックに似た背負袋などが古くから用いられ,背負梯子は比較的新しく普及したもので,中世の絵巻物類には見られない。背負梯子の地方名の主なものとしては,東北地方から関東にかけてヤセウマ,関東地方にショイバシゴ,中部地方にショイコ,中部地方の西部から北陸地方にセイタ,中国・四国地方にオイコ,南九州にカルイの名が分布している。形態上では,西日本に木の股などを利用したツノあるいはツメなどと呼ばれるものが付いた背負梯子が分布するのに対し,東日本にはツノのない梯子状のものが主体である。西日本型の背負梯子は朝鮮半島のチゲと呼ばれる背負梯子との関連があるものと考えられる。背負袋は,カヤやスゲ・ワラ・イグサなどの草の繊維をなった縄や蔓類で編んだ袋で,ショイブクロ・ネコダ・コダシ・ビク・ヒグツ・カリイ・フゴなどさまざまな名が各地にある。おもに山仕事で弁当や鉈,鋸などの用具を入れて運ぶのに使われた。狭い山道で邪魔にならず,両手が使え,風通しがよい袋は弁当などを運ぶのに適していた。背負運搬と頭上運搬の中間のような運搬方法に前額(額背負)運搬がある。これは背負った荷のひもを額にかけて荷重を支える方法で,近年でも琉球諸島や伊豆大島に見られる。
【肩担い運搬】人間がおもに肩を使って物を支えもつ運搬方法一般をカツグ・ニナウなどという。地方によっては天秤棒などを使って吊り提げてもつ場合をニノー,直接もつ場合をカツグなどと呼び分け,荷の種類によってこの動作を呼び分けるところもある。たとえば兵庫県などでは,鉄砲はカタゲル,俵はカツグ(カタゲル),水桶はイナウ(ニナウ),もっこはカクという。この場合天秤棒などを使って吊り提げてもつ運搬法では,2個の荷を1人で運ぶ場合と2人で1個を運ぶ場合を区別していうことになるが,使い分けの基準は各地でさまざまである。なお,この捧はオコ・オウコ・サスなどと呼ばれ,先端が尖って藁などの荷に刺して使う棒をとくに区別して呼ぶ所が多い。歴史的にみると棒に荷を直接縛り付ける方法は中世の絵巻に非常に多く見られるが,近世になると次第に天秤俸に吊り下げる方法へ変わる。
【腰提げ運搬】腰にものを提げる運搬方法は運搬というよりも携帯・携行というべきで,これには籠や袋類などの弾力性のある容れものをそのまま腰に付けて用いることが多い。
【引きずり運搬】地面を滑らせる運搬法には,荷を直接地面の上で引く方法があるが,木材の山からの搬出などにみられるように傾斜を利用して滑り落としたり,キンマ道やシュラと呼ばれる搬出道を造って,この上を滑らせる方法は自然の力を応用した運搬方法で,大量の運搬を実現させることができた。ドゾリまたはキンマの名で知られるソリの類が用いられ,おもに木材や石材を運搬した。また地面の摩擦による抵抗を軽減するため,雪や氷の上を滑らせて運ぶ方法がある。これにもソリの類が用いられる。雪の上で使用するソリには,ヨツヤマソリ・ハヤブサ・イッポンゾリなど滑走面の数の区分などによって各種の形式がある。
【車による運搬】車の利用は貴族の乗用として古くらからの記録があり,中世の絵巻にも随所に見られるが,これは道路の発達した都府周辺に限られたことだったろう。車を引く動力源も元来は人間で,しだいに家畜が使われるようになる。一般庶民に荷車が用いられるようになるのは近世以降のこと。車の原始的な形態を残すものには丸太を輪切りにしたジグルマ・ゴトグルマなどと呼ばれるもの,同じ形式の車輸を利用した一輪車のネコグルマなどと呼ばれるものがある。江戸ではダイハチ,大坂のベカなどが近世の代表的な荷車である。大正時代には自転車の発達に伴うリヤカーが工夫された。
【船による運搬】人類が船を発明したのは原始の時代からのことで,日本でも縄文時代の丸木船が発掘されている。船は水上を移動するための乗り物であると同時に,運搬具としては大量の荷を長い距離にわたって運搬することを可能にする重要な役割をもつ。航空機が出現した現代になってもその重要性には変わりがない。一般に運搬とは物資の移動をいうが,古くは情報の伝達も人や馬などの足によるもので,運搬の範疇に近かった。しかし,今日,情報の伝達機構がめざましく発達したのに対し,物資の運搬の方法には革新的な発展は見られていない。
〔参考文献〕礒貝勇『日本の民具』1971,岩崎美術社