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●ウラル系諸族 ウラルけいしょぞく

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 ウラル語系諸語を固有の言語としている民族。ウラル語系諸語は祖語であるウラル祖語に遡ることができるが,この祖語は前4000年ごろまで,ウラル山脈からヴォルガ中流にかけて話されていたとされる。語彙資料による推測では,原ウラル族は狩猟・漁労・採集を営み,シャーマニズムを信仰し,親族を中心とする集団を構成していたとされる。原ウラル族が原フィンウゴル族と原サモイェード族に分裂すると,後者は,シベリアのタイガ-ツンドラ地帯へ移動した。原フィンウゴル族は,前3000年ごろにウゴル系とフィン系民族に分かれた。前者はさらにオビウゴル族マジャール族に分裂し,そのうちオビウゴル族はオビ川流域ヘ,マジャル族は南ウラルのステップで騎馬遊牧文化の影響をうけ,9世紀に現在のハンガリーに到着した。ヴォルガ川流域に残った原ぺルミフィン族はしだいに西に拡大するが,前2000年ごろには原ペルミ族が,さらに前1500年ごろまでにはヴォルガ族であるチェレミスとモルドヴィンが他から分かれ,カマ川,ヴォルガ川流域に定着した。ヴォルガ族の分裂時にはすでに農耕・牧畜も行われていたとされている。さらに西進したグループは前期原フィン族で,フィンランド湾近辺に到着し,一部は,原サーミ(ラップ)族としてフェンノスカンディアに拡がった。原サーミ族は狩猟・漁労経済に長くとどまるのに対し,残った後期原フィン族は印欧系のバルト族から畑作農耕,ゲルマン族から社会制度・技術・生活様式全般において強い影響をうけた。100年以降には分裂を始め,フィンランド湾周辺にバルトフィン諸族を形成した。

 現在サモイエード諸族は北極海沿岸からイエンセイ上流にまで分布しているが,大きくネネツ(ユラクサモイェード),ガナサン(タウギ),エネツ(イェニセイ)など北と,セリクプ(オスチャークサモイェード)や,チュルク化の進んだサヤンサモイェード諸族の南のグループに分けられる。オビウゴル族はハンティ(オスチャーク)とマンシ(ヴォグル)に分かれ,オビおよび支流域に住む。サモイエード諸族とオビウゴル族はツンドラやタイガにおいて,最近まで狩猟・漁労やトナカイ飼育を営み,前者はシャマニズム,後者はトーテミズムを保持してきた。ペルミ系民族には北ロシアのタイガに広がるコミ(ジリエーン)とカマ流域のウドムルト(ヴォチャーク)がある。ヴォルガ系のチェレミスおよびモルドヴィンは,ともにヴォルガ中流でチュルク系のチュバッシ・タタール・バシキルと隣接し居住している。ペルミ系・ヴォルガ系とも農耕・牧畜・養蜂を営むが,北部のコミは狩猟やトナカイ飼育を行ってきた。これらの民族は,8〜9世紀以降チュルク系諸族の影響を強くうけ(コミを除く),その後ロシアの拡大に伴いその支配下におかれた。15世紀以降ギリシア正教の布教にもかかわらず,土着の信仰は20世紀初頭まで残った。サーミ族はスカンジナビア半島南部からコラ半島まで分布し,生業や生態環境により,狩猟・漁労・トナカイ飼育を行う森林サーミ,トナカイ飼育を主生業とするトナカイサーミ,北海沿岸の海サーミなどに分けられる。サーミ族はスカンジナビア人・フィン人・ロシア人の影響下にあったが,シャマニズムや狩猟儀礼などが根強く保存された。バルトフィン系諸族はフィンランドのフィン人,その東側のカレリア人,オネガ湖周辺のヴェプス人,フィンランド湾南岸にエストニア人,その東のヴォート人,ラトビアのリーヴ人などがあり,農耕・牧畜を営んできた。12世紀ごろから,近隣のスカンジナビア諸国,ロシア(ノブゴロド),ドイツの支配下におかれた。リーヴとヴォートは現在ほとんど消滅している。マジャール人はハンガリーとルーマニアのトランシルバニアに居住し,農耕・牧畜を行ってきた。スラブ・トルコ・ドイツの影響を強くうけており,カトリックはすでに11世紀初頭に受けいれている。20世紀初め独自の文語をもち,近代的文化水準に達していたのは,フィン人・エストニア人・マジャール人のみである。

 ウラル系民族は言語学上の明らかな系譜関係にもかかわらず,人種的・文化的にはウラル的斉一性は認められない。概していえば,フィン人・エストニア人はスカンジナビアやバルト文化圏,マジャール人は中欧文化圏の不可分な部分を構成しており,ヴォルガ系・ペルミ系の民族は周囲のチュルク族やロシア人ときわだって変わっていないといえる。