●浦賀 うらが
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神奈川県横須賀市南東部,三浦半島南部にある造船工業の集中地区の地名,もと三浦郡浦賀町。1943年(昭和18)4月1日横須賀市に編入されている。1720年(享保5)江戸幕府の職名として浦賀奉行が置かれた。これは浦賀番所設置に伴う遠国奉行で,定員1〜2名で老中の支配下にあり,役高1,000石,役料500俵,港への出入船舶,奥羽・江戸・大坂間の廻漕荷物の検査および民政を担当させていた。その後1853年(嘉永6)6月ペリー提督指揮で軍艦4隻(黒船)来航で一躍有名となった。そしてアメリカは開国を要求した。1854年(安政1),幕府はここに幕府の造船所をつくった。ペリー来航当時は戸田氏栄が浦賀奉行で応接に努力している。以来この地は造船業の盛んなところとなり,現在では住友重機浦賀造船所が中心的存在であり通称浦賀港は,横須賀港の一部となり,明神崎から燈明崎の港入部にある天然の良港でもある。それゆえにここは東京湾(江戸湾)入口の番所が置かれた。