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●馬 うま

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 現存しているウマ科の動物には,ウマ・ロバ・オナーゲルあるいは半驢・シマウマなどが含まれる。そのうち家畜化されたのはウマ・ロバ・オナーゲルである。しかしオナーゲルは,家畜としてはすでに放棄されている。

【種類と家畜化の起源】ウマの系統を明確にするのは困難であるが,野生ウマは次の三つの生態に分かれていたと考える研究者が多い。第一は草原型で,アジア大陸中央部の乾燥した草原地帯に分布する。プルゼワルスキー馬といわれ,体高約130cmの小型である。蒙古馬は,このグループから家畜化されたと考えられている。第二は高原型で,南ヨーロッパやウクライナ地方の肥沃な土地を中心に分布していた。タルパンといわれ,体高150cm前後である。アラビアウマに代表される東洋馬は,このグループから家畜化されたと考えられている。第三は森林型で,南フランス・スペインなど旧石器時代の洞窟壁画にみられる。体高180cmぐらいの大型である。大型でがっしりした西洋馬は,このグループから家畜化されたと考えられている。これら三つのタイプの野生ウマのうち,現存するのは草原型のみである。家畜化は,前3000年ごろであったと考えられている。起源地は,ヨーロッパ南東部から西アジアにかけての草原地帯であったとされる。最初に家畜化されたのはタルパンであったらしいというのが,研究者のあいだでほぼ一致した見解となっている。一方,ロバは前3000年前後にエジプトで,オナゲールは前2500年ごろメソポタミアで,それぞれ家畜化された。ウマの分布域の南にあたるアラビア半島・インド・チベットなどに分布し,食用・乳用・騎乗用など,ウマと同様の使い方をされていた。しかし,メソポタミアに家畜ウマが導入されるとともに,ウマに置きかえられるようになっていった。

【人類文化とウマ】ウマは最初,食肉用として家畜化されたと考えられる。しかし初期の家畜ウマは,より早く家畜化されていたウシに比すれば,その文化史上の役割はわずかなものであった。ウマが,人類文化の上で重要な役割を果たすのは,戦争用の動物としてである。前2000年代初めに,小アジア・コーカサスなど内陸アジアの西縁部に,突如として戦車をひくウマが出現する。家畜に車をひかせることは,すでにウシによってなされており,前4000年代にメソポタミアで開発された。それらのアイデアや技術が影響を与えて,戦車をウマにひかせることになったのであろう。戦車をもった民族は,周辺の農耕文明地域への征服を始めた。歴史上最初に出現する,戦車で侵略を始めた民族はインド=ヨーロッパ語族に属するヒッタイト王国人である。彼らは小アジアから発し,シリア・バビロンを征服した。このようにして,ウマと戦車とは,オリエント・ヨーロッパ・インド・中国などユーラシア縁辺の文明地帯に普及していく。インド・ゲルマン民族を担い手とする,ウマと戦車・青銅器の使用・太陽神崇拝という複合的な文化が,ユーラシア中西部のステップに起こった。これはウシと月神とを崇拝した,農耕民文化とは対照をなす。やがて,騎馬軍が出現して戦車軍を破るようになるが,その技術と文化を生み出した民族や起源地については議論が多い。前1000年代に入り黒海周辺の草原地帯で,このような文化が生み出されたのであろうという説が,今のところ有力である。その後ペルシア・モンゴルなど騎馬民族は大帝国を建てていくが,20世紀に入って近代兵器の登場とともに,戦車用動物としての馬の役割も終わりをつげる。農耕民や牧畜民によっても,ウマやロバは騎乗用・運搬用として利用されてきた。食用・乳用としての利用は少ないが,モンゴルからカスピ海にかけての中央アジアのステップ地帯では,牧畜民によって比較的よく利用されている。

〔参考文献〕加茂儀一『家畜文化史』1973,法政大学出版局

野澤謙・西田隆雄『家畜と人間』1981,出光書店