●宇文部 うぶんぶ
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鮮卑王国が崩壊した3世紀中ごろから勃興し,のち華北に北周王朝をたてた北方民族のこと。その原住地については諸説があるが,一般にはシラ=ムレンの上流域を根拠地として,東は慕容部と,南は鮮卑系の段部,西は拓跋部と接していたとみられている。またその部族名についても,宇は広大を意味するブリヤート語のuに,文は君主を意味するツングース語のboGinの音訳とみる白鳥庫吉説と,モンゴル語で草を意味するubusunの訳とみる馮家昇の説とがある。その出自についても明確ではないが,匈奴系または鮮卑族の一派として考えられている。4世紀中ごろに東にいた慕容部に併合されたが,慕容部が北魏に降りると,山西省大同の北部(武川)に移住した。6世紀に北魏の孝武帝が,この宇文部出身の宇文泰のもとに奔ってから,北魏は東西に分裂したが,この彼のもとで,西魏・北周王朝の強盛の基盤が築かれた。