●産着 うぶぎ
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産湯の後(誕生後3日目または7日目)に子どもに着せる着物をいうが,宮参りの晴れ着のことをいう地方もある。その時までは子どもに着物というものを着せず,綿やボロに包んでおき,これはボボサツツミ・マエカケヅツミ・コロバカシなどと呼ばれ,生まれたての子どもには袖のある着物を着せなかった。これは,子どもがまだ産神の管理下にある状態にあって,産着を着るということで,社会の一員と認められたといえる。新潟県の佐渡では,産着のことをニンジュギモンといっており,村の成員(人衆)に加えられるという意味が表されている。産着はミツメノキモノ・テスキ・テトオシ・ソデツナギ・テツナギなどと呼ばれ,嫁の里方で用意することが多かった。産着の背中の上部中央には,背守りといって,色糸による縫い飾りが施されている。ここにお守りを縫いこめることもあるが,本来的には,背守りの糸や縫い目そのものに魔よけの力があると思われていた。