●姥山貝塚 うばやまかいずか
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縄文時代の堅穴住居址発見第1号となった縄文中後期の大貝塚。千葉県市川市にある。奥東京湾の左岸,現在の江戸川左岸台地上に位置し,鹹水産貝類が直径約150mの範囲で馬蹄形に分布。その面積は13,000平方mにおよぶ。明治26年,大正15年,昭和22,23年にそれぞれ研究史上意義のある発掘が行われたが,なかでも1926年(大正15)の東大人類学教室が主体となった調査で初めて竪穴住居をつきとめた。1948年(昭和23)の調査では,一つの竪穴住居址床面上に男女大小5人の横死体人骨があり,災害・食中毒その他の考察が学界を賑わし,土器・石器の単体的研究より進んで縄文社会の生と死,家族構成などが研究の視野に入ることとなった。この事例により,住居の床面積と居住家族成員の試算が検討される成果につながっている。戦後の調査により,住居址に遺存した炭化木材がシカゴ大学での放射性炭素による年代測定にまわされて,縄文時代中期が今から約4500年前であるとの数値を得たことも重要である。
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