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●内臣 うちつおみ

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 大化改新から奈良時代にかけて,特定の上級貴族官僚が,詔勅によって,帷幄の臣といえる権能を与えられた天皇輔翼の地位。令の官制には規定がなく,また常置でもない。645年(大化1)6月の乙巳(いつし)の変後,新政権の構成のなかで,中臣鎌子(かまこ,のち藤原鎌足)が内臣となり,中大兄(なかのおおえ)皇太子とともに機要に参画して,政策を推進したのが初例。次に721年(養老5)10月,元明太上天皇が崩じる直前に,〈朝政に参議する〉地位にあった藤原房前(ふささき)が,元正女帝の詔によって内臣となり,内外を計会して,帝業を輔翼する地位を与えられた。その地位は続く聖武天皇の729年(天平1)ごろまで続いたと推測される。また771年(宝亀2)3月,光仁天皇の詔によって,中納言藤原良継(よしつぐ)が内臣に任じられ,職掌・官位・禄賜など,大納言と同じとされ,食封(じきふ)は1,000戸とされた。ついで778年(同9)3月,藤原魚名(うおな)が内臣とされ,続いて同月中に美称といえる忠臣と改称された。