●内田魯庵 うちだろあん
AD1868
1868〜1926 江戸生まれ。明治期の翻訳・評論・小説に活躍した。本名を貢といい,他に不知庵・藤阿弥・三文字屋金平などとも号した。大学予備門などで英語を学ぶが,いずれも中退,「女学雑誌」に「山田美妙大人の小説」を発表して文壇に認められ,「国民新聞」「国友の友」に評論を発表し,文芸評論家としての地位を不動のものとした。丸善に入社後は,「学燈」によって活動を続けた。硯友社以来の文壇の無思想性に抗して,文学の社会性を位置づけ,批評のジャンルを確立した。二葉亭四迷と親しく,ロシア文学に影響を受け,また,ロシア文学の紹介を通して,明治の文壇に影響することが大きかった。翻訳にトルストイの『復活』,ドフトエフスキーの『罪と罰』,社会小説『暮の廿八日』『社会百面相』などがある。また,彼の回想録『思い出す人々』は,このジャンルの文学の傑作として名高い。