●宇田川榕庵 うだがわようあん
AD1798
1798〜1846(寛政10〜弘化3) わが国最初の西洋植物学や西洋化学を紹介,各近代科学の先駆となった江戸時代後期の蘭学者である。江戸日本橋の大垣藩邸内に侍医の子として生まれる。名は榕。『西説内科撰要』の著者宇田川玄随に嗣子がなかったため,安岡リン※注1※が家を継ぎ宇田川玄真を名のり,榕庵は玄真の養子である。馬場貞由に蘭学を修め,1822年(文政5),24歳の時,西洋植物学の書『菩多尼詞経』を著す。28歳で天文方蛮書和解御用訳員に任ぜられ,西洋化学の研究をすすめた。35歳のとき『植学啓原』を,40歳で『舎密開宗』を著した。前者は本格的な西洋植物学の紹介であり,後者は初めて西洋化学の体系を知らしめた不朽の著作である。図譜を伴う昆虫学,各地温泉の定量分析も行ったほか,数学・測量・兵学・兵器製造にも精しく,わが国近代諸料学の祖ともいうべき仕事を残している。
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