●歌川派 うたがわは
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江戸浮世絵師の一派。歌川豊春が歌川派の始祖で,全盛時には鳥居派と並ぶ大きな流派。豊春は俗称歌川庄三郎,但馬屋といい,江戸芝宇田川町に住んだためこの派名となる。豊春は役者絵と美人画のほかに,美人画の背景に洋風の遠近画法をとり入れた,すなわち遠景山水あるいは庭園等を奥深く描いて,前景の人物を浮き出させる浮絵を描いた。その結果浮画に名ありと称されている。そのあとをついだ豊国は錦絵・絵本に進出し,歌川派をいよいよ強化している。初代豊国の弟子に国芳が出,浮世絵に屏風画の手法をとり入れた風景画をつくり,かつ武者絵に独特の描写力をもって評価され,風景画家安藤広重と並び称された。また同門に国貞が出,その画風とは異なる豊広の張交画は肉筆画でもあった。のち3代豊国を継ぐ。豊国門人中出藍の誉れも高く似顔画に優れている。しかし国重が2代目を襲名し門人一統が不服であったため転職した。そのことが3代豊国の名を高めることともなった。
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