●ウー=ソー
ヨーロッパ フランス共和国 AD1900 フランス共和国第三共和政
1900〜1948 ビルマ(現ミャンマー)の政治家。ターヤーワディー出身。1923年立法評議会の会員に選出される。1931年農民一揆の指導者サヤーサンの弁護をひき受けて注目を集める。このころから自分の名前にガロン(迦楼羅)を冠するようになる。1935年訪日。1938年ミョチット(愛国)党を結成,併せて私軍のガロン部隊を創設。同年末,動乱教唆罪で逮捕投獄される。1939年ウープ内閣の農林相,1940年首相に就任。1941年訪英し戦後のビルマ独立を要請するも無駄に終わる。帰途,ポルトガルで日本大使と接触したため通敵の疑いでイギリス官憲に逮捕され,1945年までウガンダに抑留される。1946年帰国し愛国党を再建。1947年1月アウン=サン使節団の一員として訪英するが,「アウン=サン=アトリー協定」ヘの署名を拒否,アウン=サンはビルマをイギリス国に売り渡したと非難して帰国後,行政参事会の会員を辞任する。1947年7月アウン=サン将軍暗殺の首謀者として逮捕され,12月死刑の宣告を受けて1948年5月8日絞首刑に処せられた。