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●ウスマーン

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 ?〜656 ウマイヤ家出身の裕福な商人貴族であったが,イスラームには4番目に入信して私財を投げうって初期のイスラーム共同体を支えた。敬虔なムスリムであり親切で優しく預言者の信任が厚かった。ヒジュラ以前に預言者の娘ルカイヤを嫁に迎える。さらに彼女の死後は末娘のウンムカルスームと結婚したためにズーヌーライン(二つの光の所有者)と称された。第2代カリフ,ウマルの死後6人の長老会議の互選(シューラー)によって第3代カリフに就任(70歳くらい)して欽定『コーラン』を編さんしたが,その際にそのほかの伝本類はすべて焼去して啓典の統一をはかった。しかしウスマーンのカリフ就任は拮抗する勢力が無難な一時的リーダーとして選出した結果であったこと,また征服地に散ったアラブ戦士の集団をコントロールするために,一族縁者(ウマイヤ家)に偏った人事に訴えて解決をはかるなどの失政に加えて,富の流入による一族の豪華な生活振りが,教団の禁欲的な長老たちをはじめ街の講釈師や『コーラン』読誦者たち(世論形成に影響力をもった)を離反させたことなどによって,ついに暴徒によって殺害された(83歳)。