●氏寺 うじでら
アジア 日本 AD
氏族が一門の繁栄と祖先の冥福を祈るため建立した寺院。古くは,蘇我氏の山田寺・巨勢氏の巨勢寺などがあり,推古朝の末年には数十の氏寺が建てられた。寺院址は居住地に近く,古墳の分布と密接な関係をもつ。寺の経営は氏長者を中心に当たり,住持となる僧は一族よりの出家者であることが多かった。藤原氏の氏寺である興福寺は,氏神春日社と結びつき絶大な勢力を得た。平安中期になると,藤原氏一族の摂関新任・立后・賀などに,その邸宅に参じ祝辞を述べる氏寺の参賀が行われた。院政期には,白河法皇の法勝寺をはじめとする六勝寺が御願寺として建立され,国王の氏寺と称された。また平氏は,延暦寺を氏寺にしようと企て,源氏は東大寺・薬師寺を氏寺として崇敬したが,鎌倉期には武士の氏寺が各地に建立され,武運長久が祈られた。しかし,室町期になると,家ごとに特定の寺の檀那となり,祖先の墳墓を管理供養する菩提寺が氏寺に代わった。