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●羽州探題 うしゅうたんだい

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 南北朝・室町時代,出羽国に置かれた一国管領権。北朝延文元年(1356),奥州探題斯波家兼の次子兼頼が山形に入部したのを初めとする。出羽国司・同按察使・同守護などとも称せられ,所在により山形殿と呼ばれた。北朝足利方では,南朝方の強力な奥州国司(陸奥将軍府)制に対し,奥州管領制を以て対抗していた。文和3年(1354)斯波家兼奥州探題に任じて,ほぼ全奥州の統治権をにぎり,長子直持にこの職を譲り,次子兼頼を新たに羽州探題に任じて,まだ十分でない出羽の統治に当たらせた。兼頼の入部後,これまでは多く南朝方に属していた出羽武士も,大部分,北朝方に従うようになり,羽州探題の威望が高まった。兼頼の子孫は最上氏を称し,奥州探題家の大崎氏と並ぶ名門を誇ったが,室町時代は振わなかった。戦国末期,最上義光羽前一帯の戦国大名領を形成,伊達・芦名などと並ぶ大勢力になった。

〔参考文献〕誉田慶恩,横山昭男『山形県の歴史』1970,山川出版社