●氏神信仰 うじがみしんこう
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古代において氏神とは,藤原氏の春日神社にみられるように,血族関係によって結ばれた,その一族に限り守護する神をさしたが,中世以降は,公家以外に源氏・平氏など武家の一族一党を守護する神の名称ともなった。今日では町や村など,人々の生まれた土地および住む土地の守り神をいうことが多い。すなわち,人によっては故郷の氏神のほかに,成長した場所に氏神をもつ人があり,二重氏子の現象もみられる。氏神を祭る人を当初は氏人といったが,のち氏子という名称が定着した。氏子は生涯を通じて氏神の加護のもとにあると考えられ,子供が生まれると,氏子入りの宮参りをするのはそのためである。その信仰内容をみると,神社の性格によっておよそ三つに分けられる。第1は,一般に屋敷神・地主神と呼ばれる内神を信仰するもので,家の屋敷内や所有地内に小さな祠(ほこら)をつくって祭る。これなどは,氏神の本来の形をしのばせる。氏神の名称も,ウチガミがしだいになまってウジガミになったとされ,「氏」がもともと「ミウチ」「ヤウチ」から出たことばであることとも一致する。第2にはもう一歩範囲が広がって,本家とそこから分かれた分家とで共同で祭る様式をとるもので,その同族神を氏神と呼んでいる。第3は,いくつもの同族を含みこむ村落が,一体となって祭る村氏神としての氏神である。これらからもわかるように,氏神は氏族の分化や村落の拡大などによってしだいに産土神(うぶすながみ,生まれた土地の守り神)との区別がなくなり,有力な氏族の氏神が村落の神になったり,二つ以上の氏神の合同祭が営まれたりするようになると,一族神としての性格もしだいに失われてくるようになった。
実際の氏神信仰をみると,八幡・稲荷・熊野・諏訪・祇園を氏の守護神として祭っている例が多い。まず八幡宮であるが,応神天皇を祭る神社で,ふつうヒメ※注1※大神・神功皇后を配祀(はいし)している。九州の宇佐八幡宮が最古とされるが,859年(貞観1)に京都の石清水八幡宮が勧請(かんじょう)されてのち,伊勢神宮とともに皇族の尊崇をうけた。さらに源頼朝が鎌倉に鶴岡八幡宮を勧請して以後,一族や一般の武家による守護神として信仰の範囲が広がり,日本全国各地に勧請されるようになった。このような神を勧請神といい,もともと他所の氏神であった神が,その威力の強さから個人的に迎えられ祭られることを意味する。八幡宮は現在,日本の神社の中では最も数が多く,社格を要するものだけで,四三〇社余ある。
稲荷神社には宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を主神とし,五穀を初め,食物・養蚕をつかさどる神社である。総本山は京都市伏見区にある稲荷大社で,分社は約3万。稲荷信仰の中で一般に最も知られているのは,2月の初午(はつうま)であろう。キツネを使者とするのは宇迦之御魂神の一名御饌津(みけつ)神を三狐(みけつ)神とかいたことによる。
熊野信仰は,熊野三山(熊野本宮大社・熊野連玉大社・熊野那智大社)を中心とする信仰である。古来,熊野一帯は霊地とされていたが、神仏習合で熊野権現とされ,平安時代からの密教の隆盛によって多くの修験者を集め,熊野信仰は盛んになっていった。全国に分社三千余をもつ。
諏訪神社の祭神は,建御名方神(たけみなかたのかみ)・八坂刀壱神(やさかとめのかみ)であり,狩猟・農業神・武神として崇敬されていた。上社は長野県諏訪市に本宮,茅野市に前宮,下社は下諏訪町にあり,分社は全国に約1万とされる。
祇園は午頭(ごず)天皇(素戔嗚尊)・少将井の宮(奇稲田姫)・八王子宮(天照大神の5男3女)をあわせ祭る神社で,京都の八坂神社を中心に,やはり全国で数多くの分社をもつ。以上のように氏神と一口にいっても時代や場所によって異なる神をさすことが少なくない。しかし氏神信仰のみでなく,他の民間信仰にもいえるのは,このような信仰が宗教と社会を結びつける機能をもっていることである。
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