●烏桓・烏丸 うがん
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古代,内モンゴル東部にいた遊牧民族。前206年ごろ,匈奴によって滅ぼされた東胡の後裔で,興安嶺から遼河上流のラオハ河流域にいたるステップ地帯で遊牧生活を営んでいた。人種はモンゴル系と考えられている。シャーマニズムを信じ,鬼神・山川・天地・日月などを祭り,牛・羊を犠牲とした。前漢時代に烏丸は数千の部落に分かれ,匈奴に服属して毎年牛馬や皮革を貢納した。48年匈奴が南北に分裂すると,その族長たちは後漢に降り,財物を供給されて中国の北辺を防備した。後漢が衰えると独立し,120年ごろからは鮮卑や南匈奴と連合して北辺をしばしば侵し,後漢末には一時強大となり,族長も世襲化され諸部族の統合も行われた。とりわけ遼西烏丸は一大勢力となった。207年に曹操に敗れ,その多くは中国の北辺・内地に移住させられたが,残存の諸部族の多くは鮮卑系君長に隷属した。北魏の華北統一後は次第に漢族に融合していった。