●ウォルポール
アジア 日本 AD1676 江戸時代
1676〜1745 イギリスの政治家。初代のオーフォード伯。ノーフォークシャーのジェントリの家に生まれ,イートン校とケンブリッジ大学に学んだ。1701年下院議員に選出されると,ウイッグ党の若手議員として頭角をあらわし,アン女王治下の政界の指導者マールバラ公とゴドルフィン伯に注目されて,1708年には陸軍長官となり,1710年海軍財務長官を兼ねた。ハノーヴァー朝のジョージ1世のもとで1715年から1717年まで大蔵総裁兼大蔵大臣をつとめた。南海泡沫事件の処理に手腕を発揮して名声を高め,1721年から1742年までの長期間再び大蔵総裁兼大蔵大臣として政権内に在り,対外的には平和外交を,対内的には財政上の改革を遂行し,産業革命前の繁栄を支えた。ドイツ生まれのジョージ1世が国政に無関心のため,最初の首相として議会に責任を負う責任内閣制の進展に貢献した。平和外交政策がピット(大)らの強硬論者に批判され,1742年総選挙に敗れて下野した。