●ヴォルテール
アジア 日本 AD1694 江戸時代
1694〜1778 フランスの作家・啓蒙思想家。シャトレ裁判所代訴人の子として生まれ,王侯・貴族への諷刺詩などで2度バスチーユに投獄される(1717〜1718,1726)。獄中作品『エディプス王』が評判になるが,出獄後すぐのイギリス渡航が重要な転機になる。ウォルポール首相・詩人ポープらと交わり,イギリス社会に根づく宗教的寛容に関心をもつ。滞英中,『ザイール』(1732)を著し商業がもたらすイギリス社会の活力を描写。帰国後の1734年『イギリス書簡』別名『哲学書簡』で経験主義にたち,カトリック批判を鮮明にした。これが焚書になるとシレーの城に籠り,シャトレ侯夫人の援助で戯曲『シーザーの死』『マホメット』の創作やニュートン研究に没頭。焚書処分破棄で宮廷に仕え,修史官にも任命されるが,1750年,フリードリッヒ大王の招きでサン=スーシー宮殿に滞留。この間,フランス先王の進取の気性をたたえた『ルイ14世の世紀』を完成。大王の虚栄心を嫌ってジュネーヴ近郊のデリスに移り『習俗論』を百科全書に寄稿。小説『カンディッド』(1759)では楽天主義批判に変わる。1760年以後,フェルネーの領地で土地経営に励むかたわら,カラス事件(1762)で再審を嘆願し,翌年,宗教的狂信を攻撃した『寛容論』を著した。『哲学辞典』(1764)では批判精神は多領域に及び,『天文暦の著者への中傷』(1775)では重農主義者も槍玉にあげられた。