●ウー=オッタマ U Ottama
ヨーロッパ フランス共和国 AD1878 フランス共和国第三共和政
1878〜1939 官憲に弾圧されながらも植民地から解放を訴え続けた熱情的なビルマ人僧侶。アラカン地方アキャブ町の出身。16歳で得度しインドに遊学,帰国後具足戒を受けて比丘(びく)となる。その後,インド・エジプト・フランス・日本などを歴訪,1918年に帰国する。インド滞在中,国民会議派の運動に刺激を受け,帰国後「ビルマ団体総評議会」の政治運動を支援する。1921年政府誹謗罪で逮捕され10カ月間投獄される。1924年再逮捕され,3年間服役する。出獄後,インド国民会議派のマドラス大会に出席。帰国後,下ビルマ各地を移動しながら納税拒否運動を指導する。1928年3度目の逮捕投獄を受ける。1939年9月ラングーン市内で行き倒れとなって死去。その過激な言動は宗門界から白眼視され,晩年には支持者も激減したが,強烈な反権力意識と反英行動とはビルマの民族主義運動に強い影響を与えた。1907年と1912年の2回来日,『日本国事情』と題する紹介書を出版している。